Harmony 2017年5/6月号
日本ドライブ紀行 浜松

“おんな城主”をめぐる三遠ドライブ

文・サトータケシ 写真・岡村昌宏

愛車に乗って、目指すは三遠(三河・遠州)地方。まずは大河ドラマ「おんな城主 直虎」で話題の奥浜名湖エリアを訪ね、浜名湖畔でグルメや名湯を楽しむ。さらに遠州灘沿いにクルマを走らせ、愛知県の渥美半島へ。世界基準のSUVを生み出すトヨタ自動車 田原工場で“大人の社会科見学”を楽しんだ。

  • 方広寺は全国に約170ある臨済宗方広寺派の大本山で、禅僧の修行の場でもある。実際に修行僧が生活する禅堂(写真/通常非公開)は大河ドラマ「おんな城主 直虎」にも登場した。

    方広寺は全国に約170ある臨済宗方広寺派の大本山で、禅僧の修行の場でもある。実際に修行僧が生活する禅堂(写真/通常非公開)は大河ドラマ「おんな城主 直虎」にも登場した。

  • 井伊氏の居城、井伊谷城跡から浜名湖方面を見下ろす。周辺には、始祖・井伊共保出生の伝承が残る井戸など、井伊氏ゆかりの名所が点在する。

    井伊氏の居城、井伊谷城跡から浜名湖方面を見下ろす。周辺には、始祖・井伊共保出生の伝承が残る井戸など、井伊氏ゆかりの名所が点在する。


アクセス
東京I.C.から浜松西I.C.まで約240㎞約2時間30分、浜松西I.C.から浜松駅周辺まで30〜40分、舘山寺温泉まで約15分、龍潭寺・大河ドラマ館まで約20分、方広寺まで約35分。名古屋I.C.から三ヶ日I.C.まで約75㎞約1時間、三ヶ日I.C.から舘山寺温泉まで約30分、浜松駅周辺まで30〜40分、龍潭寺・大河ドラマ館まで約25分、方広寺まで約25分。舘山寺温泉周辺から豊田佐吉記念館まで約35分、トヨタ自動車 田原工場まで約1時間15分。
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万葉集にも登場する“遠(とお)つ淡海(あわうみ)”

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司馬遼太郎の『街道をゆく1』に、こんな一節がある。

「静岡県の東半分は駿河(するが)で、西半分は遠江(とおとうみ)という。浜名湖のしろじろとした水が大和人にとって印象を代表するものだったにちがいない。遠江は、遠(とお)つ淡海(あわうみ)のチヂメ言葉である」

遠江とは、都のあった大和(奈良)から見て遠くにある淡水湖という意味で、浜名湖を指す。一方、近くにある淡水湖が近江で、琵琶湖のことだ。つまり、奈良に都があった頃の浜名湖は、現在とは違って淡水の湖だったのだ。

浜名湖が太平洋とつながったきっかけはいまから約520年前、室町時代の1498(明応7)年に起きた明応の大地震と翌年の大雨だったという。

浜名湖に遠州灘の波が打ち寄せるようになったちょうどその頃、遠江の地も戦国の荒波に揉まれるようになった。井伊家は、西に織田と徳川、東に今川、北に武田と有力な武将に囲まれていたのだ。

現在放映中の大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、窮地にあった井伊家を守るために女性ながら城主となった直虎が主人公となっている。さっそく、ドラマの舞台となったことで注目を集める遠州エリアへ向かった。訪ねてみると、遠州では多彩な旅が楽しめることがわかる。

まず、直虎ゆかりの地をはじめ、由緒ある寺社が集まっている。ほかにも、天下を取る前の徳川家康が17年間にわたって城主を務めた浜松城など、遠州を旅することは歴史散歩でもある。

よく整備された浜名湖畔の道は、ドライブに最適だ。西行法師や北原白秋らが歌に詠んだ美しい景観が続き、まさに“眼福の旅”である。

忘れてならないのは、浜名湖のグルメ。海水と淡水の栄養が集まる汽水域に、多種多様な魚介が集まるのだ。全国的に有名な鰻をはじめとして、豊かな水産物に恵まれている。

井伊家の本拠は奥浜名湖とも呼ばれる、北部の山に近いエリア。ここから遠州灘に近い浜松市街までは、ドライブには絶好の距離。ダイナミックな走りのランドクルーザーで、遠州をぐるっとひとまわりしてみた。

井伊家 激動の歴史を伝える菩提寺へ

江戸初期、小堀遠州によって造られた龍潭寺庭園。池泉鑑賞式庭園で、石組みと築山全体で鶴亀を表現している。

江戸初期、小堀遠州によって造られた龍潭寺庭園。池泉鑑賞式庭園で、石組みと築山全体で鶴亀を表現している。

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井伊直虎ゆかりの地を訪ねるにあたり、真っ先に向かったのが龍潭寺である。

奥浜名湖を北へ向かい、周囲が山間の景色に移り変わろうかというあたり、井伊谷(いいのや)と呼ばれる土地に遠州きっての古刹は位置する。

きれいに整えられた駐車場にランドクルーザーを停め、山門をくぐる。広い境内には、東海一との呼び声も高い美しい庭園や屏風などの寺宝、井伊家の墓所など、見るべきものが多い。そう、龍潭寺は、井伊家の菩提寺なのだ。この旅では、ご住職の武藤宗甫(そうほ)さんに井伊直虎のエピソードをうかがうことができた。お話を聞く前に、龍潭寺とこの地の歴史を簡単に予習したい。

龍潭寺の開創は奈良時代の733(天平5)年というから、歴史は古い。寺のそばには浜名湖に注ぐ井伊谷川が流れるが、この地は古くから水が湧く場所として知られた。ちなみに井伊家の「井」とは、水を意味する。この地で平安期に台頭した井伊家は、戦国時代に至るまで井伊谷を治めた。

ここからは、宗甫さんのお話だ。言葉を選びながらゆっくり話す宗甫さんは、柔和な人柄の方である。

「遠江の井伊家とお隣の駿河の今川家の対立は、南北朝の時代に遡る因縁深いものです。井伊家は常に、今川家の圧力に苦しめられてきたんですね」

そして戦国時代、井伊家にひとり娘の直虎が生まれた。跡取りとして、一族から直虎の幼なじみの直親が選ばれ、ふたりは許嫁となった。

「ところが今川家の謀略で直親の父親が殺され、身の危険が案じられた直親は信州の寺に匿われたのです。許嫁との別離を悲嘆した直虎は、大叔父にあたる龍潭寺の住職、南渓瑞聞(なんけいずいもん)に相談して出家を決意します。南渓和尚は、ずっと直虎の教育係だったんですね」

直虎が次郎法師という男の僧名を名乗ったのは、「尼は一般人に戻る還俗が難しいが、僧侶なら可能」という南渓和尚の判断だったという。

「時は流れ、直虎の許嫁だった直親は井伊谷に戻り、別の女性と結婚します。ただ、またしても今川家の謀で、虎松という男の子を残して直親は殺されてしまう。虎松は井伊家の跡取り。南渓和尚の発案で直虎は虎松の後見人となり、この地の女領主となったのです」

自分の許嫁だった直親と別の女性との間に生まれた虎松を育てた、直虎の心中はいかばかりか。それでも直虎は井伊谷を立派に治め、虎松もすくすくと育った。直虎は虎松を徳川家康に仕えさせることに決め、元服して井伊直政を名乗った虎松は武勲を重ねる。

“井伊の赤鬼”と恐れられるほどの活躍を見せた直政は、関ヶ原の戦いの功績により家康の信頼を勝ち取り、“徳川四天王”と呼ばれるまでになった。残念ながら、直虎は直政の出世を見届ける前にこの世を去ってしまったが、近江に藩を構えた井伊家の繁栄ぶりはご存じの通りだ。そして、龍潭寺は今も井伊家を遠江から見守りつづけている。

龍潭寺

1676(延宝4)年に再建された本堂。井伊家が近江に移って以降も菩提寺として崇敬されている。

龍潭寺(りょうたんじ)

奈良時代、行基菩薩により開創されたと伝わる臨済宗妙心寺派の寺院。四季折々の花が彩る美しい庭園で知られるが、左甚五郎作と伝わる鶯張りの廊下や彫刻、丈六の仏像など、堂内も見どころが多い。現在は大河ドラマの影響で連日賑わう。

住所:静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1989
電話:053-542-0480
時間:9:00〜16:30(17:00閉門)

五百羅漢が見守る山深き修行の場

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方広寺の山号は深奥山(じんのうざん)で、正式に呼べば深奥山方広萬寿禅寺になる。この名称からもわかるように、山深い場所に位置している。

方広寺を目指して、ランドクルーザーで曲がりくねった山道を走る。力強いエンジンと懐の深い乗り心地がこのクルマの特徴で、急勾配の坂を余裕を持って登っていく。

浜松の中心地から約1時間。駐車場にクルマを停め、ハイキングができるほど広大な境内を歩く。本堂に近づくにつれ、その立派な建築物の全容が少しずつ明らかになってくる。いざ本堂の前に立つと、その偉容に圧倒される。

方広寺は、南北朝時代の1371(建徳2)年に後醍醐天皇の皇子である無文元選禅師が開いた、由緒ある寺だ。臨済宗には14の本山があり、うち7山は京都、残り7山は全国に散らばっているが、方広寺はそのうちのひとつ。臨済宗方広寺派大本山である。

方広寺は歴史的な重みがあるのと同時に、井伊家を語るにあたっても重要な役割をはたした場所である。

方広寺の歴史は、井伊家の一族でこの地の豪族だった5代奥山六郎次郎朝藤が、自らの所領を寄進して無文元選禅師を招いたことに始まる。井伊家とは結びつきが深く、特に8代奥山朝利は直親の保護にも大きく尽力したという。そして、朝利は井伊谷に戻った直親のもとに娘を嫁がせ、念願の井伊家の跡継ぎが誕生することとなる。

赤門とも呼ばれる、朱色が目に鮮やかな山門、500名の仏弟子が集まったことに由来するという五百羅漢、国の重要文化財にも指定された釈迦三尊像などを見て回りながら、往時に思いを馳せる。

ちなみに、岡崎城から浜松城に入る前の家康も、方広寺に逗留したという。

大本山である方広寺では、現在も禅僧を目指す若者が修行を行っており、参拝者も写経や座禅を体験することができる。山芋と蓮根、豆腐などで仕立てた「精進うな重」をはじめとする精進料理も人気だ。

歴史への想像を膨らませながら、現在の禅寺を体験する……。方広寺は、過去と現在を行き来できる場所でもあった。

方広寺

修行の寺に来たのなら、ぜひ座禅体験を。静寂な空間で自然と集中力も高まる(約1時間1,000円、要予約)。

方広寺(ほうこうじ)

約60haの境内に本堂、半僧坊真殿(方広寺の鎮守で、人びとの苦しみや災難を除く半僧坊大権現を祀る)、三重塔をはじめとする60以上の伽藍が点在。境内の至るところに現れる五百羅漢の温もりある姿に心和む。

住所:静岡県浜松市北区引佐町奥山1577-1
電話:053-543-0003
時間:9:00〜16:00