Harmony 2015年7/8月号
開発者に聞く

MIRAI 田中義和
製品企画本部 チーフエンジニア

 

水素のもつ可能性をトリガーに、トヨタが挑むクリーンエネルギー車の未来

燃料電池自動車「MIRAI」。水素と空気中の酸素の化学反応で発電し、水素充填時間は1回あたり約3分、CO2排出ゼロの画期的なクリーンエネルギー車だ。日本とクルマの“未来”を見据え、トヨタが作り上げた壮大な「夢」と「ヴィジョン」の結晶である。

文・小沢コージ 写真・小松士郎

日本発の未来燃料、水素がもつ無限の可能性と実用性

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小沢:ご無沙汰しています。「プリウス PHV」発売直前のインタビュー以来ですね。

田中:ええ、2012年でしたね。

小沢:さっそく「MIRAI」なんですが、簡単に言うと、クルマとしてのふるまいはEV、つまり電気自動車とほぼ同じじゃないですか。そうだとするならば、なぜあえて今「MIRAI」なのか? なぜ多額の開発費を投じてまでトヨタは燃料電池ビジネスに踏み込むのか? どうしてEVじゃダメなのか……と思ったんですよね。

1カ所あたり4億円以上かかると言われる水素ステーションのインフラ事業も含めて、正味の話、本当に燃料電池車には未来があるのか……を伺いたいんです。たしか発売1年目の今年は、生産台数が700台。ところがなんと、発売1カ月で1500台の受注が入ったんですよね?

田中:はい、そこで増産を決めまして、2年目には2000台、3年目には3000台の生産能力にするところまで発表しています。

小沢:車両価格が税込みで723万6000円。ただし、これに国の補助金202万円が適用される。さらに各々の自治体から、たとえば東京都と神奈川県の場合なら、101万円の補助がつく。最終的には、約420万円で買える計算です。それから水素ステーションが今年度で全国に100カ所整備されると。

田中:実際には76カ所ですね。

小沢:「MIRAI」は補助燃料が一切なくて、水素そのもので動くじゃないですか。でも、専用の水素ステーション建設に1カ所あたり4億6000万円かかって、当分は1日に数台の水素充填だと思うんですよ。つまり、月に1000台も満たない。となると、しばらくは赤字、しかもそれが何年も続く。

田中:ええ、おっしゃる通りだと思います。

小沢:併せて、トヨタにしても車両販売ですぐに利益は期待できないですよね? 723万円でも開発・生産コストを考えたら相当に安い価格設定だろうし、増産しても年に数千台規模ですからね。

田中:まあ、たしかにそうですね。

小沢:じつは先日、資源エネルギー庁の方と話す機会があって、「MIRAI」は未来を見据えた事業だし、水素は根本的な国のエネルギー政策に大きく関わってると言っていました。日本に新たな産業を興す狙いもあると。

田中:果たしてこれが新たな産業に繋がるのかはわかりませんが、僕自身の個人的な夢物語を言わせていただくと……。

小沢:いいですね、夢物語!

田中:日本は資源を持たない国です。現時点では原油以外にもシェールガスやシェールオイルなどを輸入してなんとかエネルギー源を確保していますが、将来的にはどうなるかわかりません。

それならばと再生可能なエネルギー、たとえば太陽光発電とか風力発電事業を進めた場合、どうやってそのエネルギーを貯蔵して運ぶかが問題になります。その点、水素燃料は非常に有効で運搬もしやすい。さらにカナダなどは水資源が大変豊富ですし、風力も十分にありますから、カナダで水力発電から水素燃料を作って、日本に運んだらいいのではないかという話もできます。

小沢:なるほど、代替エネルギーの可能性が広がると。

自治体によって補助の内容が異なります。

「MIRAI」は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアン?

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田中:一方、クルマの燃料としては、永続的でサステイナブルに使えるようにすることが重要だと思っています。その場合、水素自体は自然界に豊富に存在します。もちろん、ひと手間かけて作らないとイカンですが。ただ、それは今まで活用されていなかった故のひと手間ですから、その気になれば非常にポピュラーな元素なんです。

小沢:サイエンスですね。

田中:たとえば、燃料としての水素を汚泥から作ろうとしている場所があります。今年3月末、福岡にある中部水処理センター内にオープンした施設で、世界初の試みです。私も見学に行ってきたんですが、下水を処理する過程で出る汚泥からメタンガスが自然発生します。このガスを貯蔵して水素を作る仕組みです。しかも1日あたり300キロも作れるんです。

小沢:へえー、汚泥から?

田中:ええ、汚泥からです。しかもこの事業をスタートした理由は「今年『MIRAI』が発売になるから」と。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界ですよ。あれは1985年が舞台で30年先の未来から「デロリアン」という、車両型タイムマシンが帰ってくるんですが、帰ってきた時は燃料として、バナナの皮を入れて走ってましたからね(笑)。

小沢:つまり、新たな原料を調達せずに今まで捨てていた物を使って水素ガスが作れるということですね。それもCO2を出さずに。

田中:その通りです。そういう新たなビジネスが「MIRAI」の周辺で始まっています。また、褐炭という使われていない石炭の活用も始まっています。

小沢:ああ、中途半端に湿った感じの石炭ですね(笑)。

田中:いわば、若い石炭ですね。水分が多い分、火力発電には使えないんですが、オーストラリアなどの原産地で水蒸気改質をして水素を作っているんです。ここではCCSという方式でCO2を固め、地中に埋めることもできる。日本の企業が開発しており、日本に輸入しようという計画があります。

小沢:ものすごい“「MIRAI」効果”ですね。

CCS=Carbon dioxide(CO2)、Capture(回収)、Storage(貯蔵)の頭文字。化石燃料を燃焼させる大規模な産業プラントから排出されるCO2を回収し、適切な貯留サイトに輸送した後、CO2を地中深くに圧入する技術のこと。

田中義和

田中義和(たなか よしかず)

製品企画本部 チーフエンジニア
1987年入社。AT、駆動系の開発を担当し、9年前に製品企画へ異動。「プリウス PHV」を開発から6年間担当し、2011年末から「MIRAI」開発に着手。デザインはじめ車両開発コンセプトのすべてを担当し「これが最後の仕事やと思って」後悔しないよう全力を注いだと語る。趣味はスポーツ。毎日昼休みに4キロ走る体力自慢でもある。

「MIRAI」が切り開く新資源ビジネス

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小沢:ただ難しいのは、ひとりでは進められないビジネスだということですよね。国や行政はもちろん、水素ステーション普及をはじめ、今までにない異業種メーカーの頑張りを必要とする。

田中:そうなんです。だから今回は「みんなで一緒にやりましょうよ」と、特許を公開しました。

小沢:そういう意味では本当に新しい取り組みですよね。今までの自動車って、いくら動力源が新エネルギーになろうが、ある程度、展開が見えてたじゃないですか、こういう性能のものが、このスパンで、この値段で作れれば売れるだろうという目安があった。それに対して、水素燃料は産業自体を作るって話ですよね。しかも国や異業種メーカーとも協調して。現時点では、どのくらいのスパンで考えてるんですか。

田中:この20〜30年がポイントじゃないですかね。それ以上かかるようだと、ちょっと気が遠くなりますね。

小沢:実際のところ、どの程度の規模の予算を投入してるんですかね。

田中:う〜ん、そこはよく知りませんけど、ビジネス的観点で行けば、いつかは評価されるでしょう。ただ経済的合理性だけでやったら怖くてできないと思います。

小沢:あ、やっぱり?

田中:そこはパソコンやインターネットと同じで、最初は高額な接続料が問題視されてましたが、今じゃどの家庭にも普及している。技術が進めば、低コスト化は進んでいきますし、水素を作るコストも下がる。もちろんインフラメーカーさんにしてみれば、そんなきれいごとじゃないよと言うかもしれない。でも、まったく可能性がゼロかというとそうとも言えないのだから、トライしてみようと。夢物語かもしれませんが、やっぱりその姿勢が大事だと思います。

おざわ こーじ◎バラエティ自動車ジャーナリスト。 動画試乗レポートはこちら

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