Harmony 2016年3/4月号
開発者に聞く

ウェルキャブ 中川 茂
福祉車両 製品企画主査

「ウェルキャブ」(Welcab)は、トヨタの福祉車両のことで、Welfare(福祉)、Well(健康)、Welcome(温かく迎える)+Cabin(客室)から命名。写真は「シエンタ」の助手席回転チルトシート車。

誰もが向き合う超・高齢社会のためにクルマができること

トヨタの福祉車両、ウェルキャブ・シリーズ。介助する側の使いやすさも考えた構造やデザインでコストを徹底的に抑えるなど、画期的な進化を遂げている。その陰には、ウェルキャブひと筋に突き進んできた、中川茂主査の熱い思いと惜しみない努力があった──。

文・小沢コージ 写真・小松士郎

必ずしも電動が便利とは言えない福祉車両の現実

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小沢:ご無沙汰しております。4年前の取材以来ですね、中川さん。

中川:そうですね、小沢さん。「ラクティス」でしたよね。

小沢:ええ、あの時も、ウェルキャブを特殊車両工場ではなく、新車生産ラインで加工して安くするとか、首が据わらない車いすのお子さんを、ちゃんとドライバーの手が届く位置に座らせるとか、本質的な工夫に感動したんですよ。

中川:そう言っていただけると、うれしいです。

小沢:今回は、ウェルキャブがさらに進化したと聞きつけて、名古屋に参上しました。

中川:そうなんです! 2015年12月に発売された「シエンタ」と、「ポルテ/スペイド」の助手席回転チルト(傾く)シート車なんです。従来のリフトアップシート車と比較すると違いがよく分かりますよ。

小沢:従来のリフトアップシート車と言いますと?

中川:実際に座っていただくとお分かりになると思うんですが(ここで、小沢氏がリフトアップシートに着席)、大きな違いはシートの出代(でしろ)なんです。従来のリフトアップシートは、助手席シートが横に向くのはもちろん、電動で外に向かってスライドするようになっています。

小沢:必要なんでしょうけど、なんか大げさですね。手厚くケアしてもらっている感はありますが。

中川:では、立ち上がってもらえますか? その時のこちらのシートの出っ張り位置は1.1メートルなんです。ところが新しい回転チルトシート車はたったの45センチなんです(「ポルテ/スペイド」のみ)。

小沢:ボデーからの出っ張りがですか?

中川:そうです。つまり、従来のリフトアップシートは、大きな駐車場のある方しか、実際は使えないんです。

小沢:おお、その通りですね。特に都市型マンションなんかは駐車場が狭くて、横幅はギリギリだったりしますもんね。

中川:それどころか駐車場の左側が壁という方もいらっしゃいます。

小沢:僕は漠然と病院の広いエントランスや、駐車場で使うシーンを想像してましたけど。

中川:救急車や送迎車はそれでもいいんです。ただウェルキャブは、毎日のようにご自宅で使っていただきたいので、広い駐車場がないと使えない、じゃダメなんです。

小沢:……すみません。そういう発想自体、僕にはまったくありませんでした。

“チルト(傾く)”シートが福祉車両を進化させた!

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中川:それからもうひとつ、ポイントがありまして、シートからの立ち上がりもチルトシートのほうがラクなんです。もともとの腰の位置が高いから。

小沢:確かに。でも、チルトシートのほうが操作が簡単すぎて機械としての有り難みは薄いですね。電動で動くところもないし。

中川:そこが難点でもあったんですよ。リフトアップシートは電動でいかにも介助用ですが、雨が降ったらシートがスライディングしている40秒間、介助する方は傘をさして待たなきゃならないし、立って歩いて向こうに行こうかってなった時、そのままだとシートが雨に濡れるんで、今度はシートを格納している間、介助するほうもされるほうも、意味なくそこで40秒間待ちつづける必要があるんです。介助者が2人も3人も居れば話は別ですけれどね。

小沢:問題だらけですね。

中川:ところが、回転チルトシートなら全部手動で3秒で乗降できますし、出っ張りも少ないからシートが濡れる問題も一気に解決します。

小沢:オマケに電動モーターもレールもいらないから安くつくと。

中川:実はそこが大きな課題で、チルトすることによりシート前端部が傾きながら上下に昇降する機構になっていますが、シート本体が上下しないため、昇降装置として認定されず、福祉機器として非課税の恩典が受けられなくなってしまったんです。車両価格は15万〜20万円安くなりましたが、逆に消費税を払うことになり3万円ぐらいしか安くならないんです。

小沢:頑張ったのに報われないとは……。しかし、なぜ今までこの発想がなかったんでしょう?

中川:横向きで乗り降りしてもらって、そのままシートを奥に入れたいという考えはあったんです。ただこの“チルト”というアイデアがなかなか出てこなかった。

小沢:コロンブスの卵だ。できてみればなーんだ、という(笑)。

中川:そこには市場の要求の変化もありまして。トヨタは電動リフトアップ車を20年ほど作っていますけど、発売した当時の想定使用者は、ほとんど体の不自由な方々。つまり、障がいのあるご家族のために買っていただいていました。ご家族に体の不自由な方がいれば、家を改造したり、安全な移動手段が不可欠ですから、クルマも特殊車両にせざるを得ない。

小沢:きっとそうでしょうね。

中川 茂

中川 茂(なかがわ しげる)

1986年トヨタ自動車入社。まず生産技術部に配属され、29歳で技術部に移り、インテリア設計を担当。2001年、自らウェルキャブ開発部への異動を希望。リアフロアの構造を工場のライン生産段階で変えた画期的低価格なスロープタイプの「ラクティス」の車いす仕様車を開発。ウェルキャブ・シリーズ一筋15年のベテランで、徹底した現場主義で、精力的に介護・福祉の前線取材をずっと続けている。

引きこもる高齢者を減らすことがウェルキャブの使命

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中川:ただ、福祉を考えた時に、私たちが解決を迫られている最大の課題は、高齢者の方の移動です。

小沢:今や日本の人口の4分の1が65歳以上だって言いますもんね。

中川:その通りです。小沢さん、たとえば人間が年を取って、杖をつくようになって、車いすを使うようになってから亡くなるまで、だいたいどれくらいの期間だと思います?

小沢:うーん、なかなか言いにくいですけど5年とか長くて10年ですか?

中川:正解です。で、ここから非常にシビアな話になるんですが、あと5年しか生きないかも知れない人間に、周囲がどれだけお金をかけるのか。ましてや育ち盛りの子どもや働き盛りの大人でもない人に、です。

小沢:自ずと自分や自分の子ども優先になっちゃうでしょうね。口には出さなくても。

中川:障がいがある家族の場合は、クルマの必要性があるわけです。「会社へ行かなければならない」あるいは「養護学校へ行かなければならない」という。翻って、年老いた両親となると……。

小沢:うーん、そうかあ。「父さんゴメン。我慢してくれ。ウチには介助用のクルマを買う余裕がない」ってなっちゃうかな。

中川:もちろん、そうならない方もいますし、お金の問題じゃないという方もいらっしゃるとは思いますが。

小沢:いえ、もうそれはお金の問題でしょう。いくら大恩ある両親だとしても、そのために高額な特殊車両を買うか、すでに介護で大変なのに、それ以上手間をかけるかっていうと疑問ですよね、実際問題として。

中川:結局、家の中にじっとしていてもらおう、となるわけです。そのほうが安全だし、と。

小沢:それが現実ですよね。

中川:そこで! 安価で便利なウェルキャブがお役に立つんです。

小沢:便利はもちろん、安さ=家族の幸せの両立ですね。

中川:しかも、工場のラインで生産できるウェルキャブは、改造車扱いされないから下取りも高い。

小沢:それは実際、大切なことです、地味ですけどね。

中川:経済的負担が抑えられて、気軽に外出できるとなったら、孫と買い物に行くとか、外食するのも“日常”になるじゃないですか。それだけで、残りの人生がもっともっと楽しいものになるんですよ。

小沢:中川さん、やっぱりウェルキャブは感動の塊ですね。ずっと頑張ってください!

おざわ こーじ◎バラエティ自動車ジャーナリスト。 動画試乗レポートはこちら

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