Harmony 2017年1/2月号
開発者に聞く

86 多田哲哉
スポーツ車両統括部 部長 チーフエンジニア

86 G 6MT

世界累計20万台の大ヒット! 奇跡のハチロク快進撃のヒミツ

4年ぶりにマイナーチェンジした「86」。ニュルブルクリンク24時間耐久レース参戦を機に鍛え直した走り、空力性能を追究したデザイン──。“深化”したスポーツカーに今、20代が魅了されている。

文・小沢コージ 写真・小松士郎

実用性なんか必要なし! の割り切りが必要だった

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小沢:(試乗を終えて)いやぁ驚いたというか、「ごめんなさい」って素直に謝りたい気分です、多田さん。

多田:えっ、どうしちゃったんですか。

小沢:新生「86」ですよ! この4年間で20万台も売れたんですって? まったく読めていませんでした。いくら出来がよくても、この時代に本格スポーツカーはそう売れないだろうと思ってました。

多田:そうなんですよ、嬉しいことに。20〜60代まで、ご購入のお客さまの年代別人数はほぼ均等なんですが、とくに30歳未満のお客さまがどんどん増えています。月販で20代の購入者が一番多い時も結構あるんですよ。若いお客さまが伸びてるんです、日本もアメリカも。

小沢:ええ〜っ、本当ですか⁉ そんなのあり得ないでしょう、今どき。なんでまた……って聞くのも失礼ですが(笑)。

多田:燃費など経済数値を追わず、“走り”に特化した趣味のクルマづくりに徹底的にこだわったからだと思います。

小沢:ほう、そこですか。僕はてっきり、運転が楽しいリア駆動のFRレイアウトを守りつつ、ある程度実用性やプレミアム感をもたせる方法もあったんじゃないかと感じましたが。たとえば某ドイツ車シリーズのように。

多田:ええ、そういう意見は社内でも相当ありました。でも、僕はそれじゃダメだという確信があったんです。1998年に発売されたFRセダン「アルテッツァ」がほとんど売れませんでしたからね。期待値は「86」以上に高かったんですが、いざ発売となったら意外に売れない。

小沢:なるほど。

多田:おそらく、八方美人になりすぎて、お客さまに意図が伝わってないんです。“趣味”はバランスを取っちゃダメなんですよ。実用性なんてまったくなくていい! ぐらいの割り切りがないとうまくいかないことがわかりました。

CMをやめ専門ショップを設立。草の根宣伝戦略の大勝利

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小沢:そうか、それを聞いてハイブリッドスポーツ車がなかなか成功しない理由もわかってきました。あれでも中途半端だと。でも過去のクーペ市場がぜんぶ「86」に集約された故に売れたってことはないですか? 今や2ドアスポーツクーペって事実上ないですから。

多田:たしかに、その要因もあるでしょう。でも、新規開拓も間違いなく成功していると思います。今までトヨタの販売店に来たことのないお客さまが「86」を見に来店なさっていますし。小沢さん、80年代の「AE 86」のお客さまが乗り替えてるのでは、とか思ってるでしょ?

小沢:それもありかと。

多田:まったくありません。

小沢:えっ、ホントに?

多田:乗り替えはこれからですよ。新型「86」が中古車として安く市場に出てからです。今回のマイナーチェンジにはそういう意図がかなりあるんです。

小沢:じゃあ実際、どういうお客さまが多いんですか?

多田:それがね、エコカーから乗り替えてくれた方がたくさんいるんです。それは走りが云々という以前に、まず、パッと見た時の新鮮さ。背の高いクルマばかりの中で「うわ〜、車高が低くてカッコいい!」という反応ですね。実際、SNSには多種多様な「86」ファンクラブが存在しますが、「走りなんかまったく関係ない」というクラブも結構ある。

小沢:……マジで?

多田:マジです(笑)。たとえば「『86』を洗車するのが趣味」ってクラブがあって、カッコいいし、ボデーの隅まで自分の手が全部届くのが快感……とか。

小沢:にわかには信じられない理由ですけど、ま、信じるとして(笑)、先ほどおっしゃっていた20代のお客さまというのは?

多田:そうそう、これがですね、運転免許を取って初めて買うクルマが「86」という方がかなりいるんです。テレビCMをやめて、その予算で「AREA 86」という専門ショップを設立してカスタムパーツを置いたところ、なんと試乗待ち3時間とか大盛況でして。それが国内全域に波及して、ツイッターで拡散されたりもして、「クルマに興味はないけどイベントとしてなんか面白そう!」というノリでお客さまが集まった時期が、発売後半年ぐらいあったんです。

小沢:やっぱりなぁ。そりゃたしかに商品だけじゃないですよね。宣伝戦略の勝利も大きい。

多田:そうかと言って計算ずくでもないんですけどね。「86」はかつて若者を狙った「bB」などをやり尽くした後に生まれている。つまり、マーケティングを捨てたところから旅が始まってますから。世界中どこへ行ってもこう言われるんですよ。「俺たちはバカみたいに速いクルマは欲しくない。身の丈にあった、かつての『カローラレビン』や『スプリンタートレノ』みたいのが欲しい」って。

多田哲哉

多田哲哉(ただ てつや)

1957年生まれ。学生時代よりモータースポーツに熱中。87年にトヨタ入社。初代「bB」や「ラウム」、2代目「ウィッシュ」などファミリーカーのチーフエンジニアに。2007年に悲願とも言えるスポーツカー開発を一任され、12年に遂に新生「86」を発表。しかしながら、「人間中心のクルマづくりという意味では、ファミリーカーもスポーツカーも開発の心意気はまったく同じ」を持論とする、生粋のモノづくりプロフェッショナル。

スポーツカービジネスは赤字にしてはいけない

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小沢:だから、「ロードスター」(マツダ)の当時の開発主査・貴島孝雄さんのところへ?

多田:ええ、残念ながらトヨタには、スポーツカーをつくっている先輩エンジニアがいなくなりましたからね。

小沢:で、ガツンと。

多田:ガッツン、ガッツンやられました(笑)。「スポーツカーづくりは嬉しいか?」と聞かれて、「嬉しい」と答えたら「そんな気持ちでやってるからダメなんだ!」と。「スポーツカーづくりは景気が悪くなっても絶対にやめてはいけない。そのためにはビジネスを絶対に赤字にしないことだ」と。えらいショックでした。

小沢:でも、それってホントだと思います。最近のスポーツカーはエンジニアの自己満足に走っている気がする。自分のためにつくっている感じ。

多田:そこで、原点になったのはやっぱり80年代の「AE 86」レビンとトレノなんです。クルマ自体は高性能じゃないけど、それをベースにして、チューナーとお客さまが延々といろんなパーツをつくってとことん遊び倒してくれる。

小沢:要するに“愛され性能”ってことですね。

多田:その通り! だから今回のマイナーチェンジでも走行性能は本当に高めてますけど、バンパーの取り付け位置などはまったく変えてなくて、新しいKOUKI(後期)モデルにも前期の豊富なカスタムパーツが全部付けられるんです。そういうのって普通のクルマだと合理化されたりするんですけどね。

小沢:走りや質感はグレードアップしたけれども、愛される理由は変わっていないと。

多田:それがKOUKIの一番の売りですから(笑)。

おざわ こーじ◎バラエティ自動車ジャーナリスト。 動画試乗レポートはこちら

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