Harmony 2018年3/4月号
開発者に聞く

JPN TAXI 粥川宏
製品企画 チーフエンジニア

文・小沢コージ 写真・小松士郎

JPNTAXI

JPN TAXI

深藍のタクシーが日本の情景を変える

“日本のロンドンタクシー”とも評され、トヨタ製としては22年ぶりの新モデルとなるジャパンタクシー。“普通”を究めたユニバーサルデザインの真価とは。

タクシーにはタクシーの流儀がある

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小沢:最近、かなり注目されていますね、ジャパンタクシー。2017年の東京モーターショーに出品されたこともありますけど、日本のタクシーとして今までにない画期的デザインと、やっぱり“ジャパン”のネーミングのインパクトがすごくありますよね。

粥川:ありがとうございます。じつはジャパンタクシーに関しては、周知活動を発売の1年以上前から展開していました。13年の東京モーターショーにもコンセプトカーを出しています。

小沢:あ、そうでしたっけ? つまり個性的スタイルだけで注目されたのではないと。しかし、なぜタクシーに周知活動が必要だと思ったんですか?

粥川:タクシーには“タクシー”のあるべき姿があって、世間に認められないと気軽に乗っていただけない。ですから、ジャパンタクシーは、ミニバンにセダンの要素を加えたようなデザインなんです。

小沢:確かに「クラウン」みたいなグリルといい、リアのバンパーの張り出しといい、ミニバンにセダンを掛け合わせたみたい。正直言って、少し中途半端な気もしましたが。

粥川:いえ、あれが重要なんですよ。おかげでタクシーらしく見えるし、リアが垂直に切り立っていない分、ドアを開けた時に荷物を積む人が下がらなくて済む。逆に言うと、正統派のミニバンタクシーって、あまり普及していないですよね。

小沢:そう言えばそうかも。便利だとは思うんですが、室内が広い分、料金が高い気がするし、大勢じゃないと乗っちゃいけないような気もしますよね。

粥川:ええ、そこが問題なんです。料金は大抵同じなんですから。

小沢:それから、国交省が12年にユニバーサルデザインタクシーの認定制度を創設しましたよね。それに従った面もあるんですか?

粥川:多少ありますが、それ以上にトヨタ自動車の中には、タクシーをつくりつづけなければいけないという強い使命感が脈々と受け継がれているんです。社長の豊田(章男)も言っていましたが、創業期には「日本人の手で日本人のための乗用車をつくる」という、創業者の豊田喜一郎の強い意思がありました。

小沢:そうか。トヨタのDNAには、タクシーづくりの歴史が深く刻まれているんですね。

粥川:そうです。トヨタは創業以来、ずっとタクシーとともに歩んできて、耐久性や信頼性をフィードバックしながら今日まで鍛え上げてきました。

小沢:確かにタクシーに求められる耐久性ってハンパないですもんね。走る実験室じゃないけど、ボデーやエンジンがどこで壊れるか試しているような……。トヨタはタクシーをずっとつくってきたから今の姿があるんだと。

粥川宏

粥川宏(かゆかわ ひろし)

1984年、トヨタ自動車入社。血液型はAB型。ボデー設計部に配属され、初代「セルシオ」の開発に携わる。当時学んだことは今も基礎になっていると言う。さらに「スープラ」を担当後、東富士研究所でアルミを使った環境対応車の先行開発、愛知万博に出品した「i-unit」などを担当。2006年から「プリウスα」の開発主査、その後「シエンタ」とジャパンタクシーを手がける。趣味はガーデニング。

タクシーは乗用車の約10倍稼働する

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粥川:1日単位で言うと、タクシーは乗用車の10倍も走っています。もっとも、これは距離ではなく稼働時間ですけどね。なにしろ法人タクシーは1日2交代で20時間走っていますから。

小沢:そりゃ、走らせすぎだ!

粥川:一般の乗用車が朝晩の通勤で1時間ずつ走るとすると、1日2時間対20時間だから約10倍になるわけですね。

小沢:10倍!すさまじいレベルで酷使されているんですね。つくるのが大変な分、1台あたりの利益に旨みはあるんですか?

粥川:いえいえ、全然おいしくありません(笑)。一般の乗用車をつくるよりずっとリソースを使うにもかかわらず、販売台数がケタ違いに少ない。なにしろ販売目標は月1000台ですからね。

小沢:それに比べると、このクルマのベースとなった「シエンタ」はどうなんですか?

粥川:一時は販売台数が月1万台を超えていましたから、利益は全く違います。会社としての判断がないとやれないんですよ、タクシーは。実際、他社はどんどん撤退していって、今や日産がNVタクシーをつくっているだけです。

小沢:だから「シエンタ」と共同開発してコストを抑えたんだ!

粥川:ユニバーサルデザインタクシーの開発はずっと「シエンタ」と並行して進んでいて、6年間かかりました。開発開始は12年と公表していますが、市場調査は当然それ以前に始めていますので。

小沢:6年というと、普通のクルマよりずっと長いじゃないですか。

粥川:最初の1年ぐらいは北海道から沖縄までいろんな調査をしました。大学の有識者に話を聞くとか、駅や病院で定点観測するとか、最後は同乗走行もやりましたね。24時間、タクシードライバーの行動を観察してみたり。

小沢:ものすごい掘り下げかたですね。一体どこまで「シエンタ」と共通で、どこからタクシー専用なんですか。

粥川:骨格は同じです。だから一番手間のかかる衝突実験関係のデータはかなりの部分が共有できました。ハイブリッドバッテリーの搭載位置も同じです。

小沢:逆に違う部分は?

粥川:耐久性に関わる部分で足回りはフロント、リアともに全く別ものです。ベアリングはもちろんコイルスプリングも違っていて、サイズも太さも「シエンタ」の倍ぐらいあります。中でもリアサスは左右を繋いだリジッド方式です。

小沢:あえて昔ながらのサスペンション型式を使っているんですね。

粥川:耐久性が違いますからね。スライドドアひとつとっても、全く違います。

すべての要求を満たしてなお謙虚に

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小沢:ちなみにタクシーの寿命ってどれくらいなんですか。

粥川:香港で走行200万キロの「トヨタ・コンフォート」をみたことがあります。

小沢:に、200万キロ!? 日本ではどうなんですか?

粥川:長く乗られている方で80万〜90万キロとかかな。でも、みなさん40万〜50万キロは普通に走っていますね。

小沢:大した酷使っぷりですねぇ。乗用車は10万キロ走れば多いほうだから、寿命はざっくり5倍以上。クルマづくりも全く違ってきますよね。ちなみにエンジンは?

粥川:パワートレインは「シエンタ」と同じ1.5Lハイブリッドですが、LPガス仕様になっています。それにエンジンヘッドは専用のローラーロッカータイプで、ラッシュアジャスターも付いています。

小沢:全然違うじゃないですか!

粥川:「トヨタ・コンフォート」でLPGエンジンについて多くのことを学んできました。その知見を織り込むとともに、HVという新しい技術を合体させ、燃費性能は2倍に改善しています。

小沢:ノウハウの塊なんですね。そう言えばスロープをセットすればクルマ椅子のまま車内に乗り込むことが可能なんですよね。

粥川:これもかなり勉強しましたね。モックアップをつくって何度も試してみましたし、屋根の高さを工夫したり、トヨタでは福祉車両もつくっていますから、ノウハウを教えてもらったりしました。

小沢:さすがはユニバーサルデザインタクシーだ!

粥川:ところがここだけ強調するのもダメなんです。あくまでも普通のタクシーとして一般の方に認知していただけないと普及しません。

小沢:なんだかもう、ややこしいですね、タクシーづくり。ただでさえ儲からないのに耐久性は必要だわ、注文は多いわ、壊れたら文句言われるわ、クルマ椅子をのせなきゃいけないし、それでいてその素晴らしい機能をアピールしてはいけないなんて。まるでババ抜きのババみたいなクルマだ(笑)。

粥川:だからこそ、究極のバランス車と言えるんじゃないでしょうか。すべての要求を満たした上で、見栄や利益はぐっと抑えるという。

小沢:なんだか粥川さんが聖徳太子に見えてきました(笑)。相当な人格者じゃないとつくれないですよ。

粥川:いやいや。おかげで我々開発陣は、すごいノウハウを得ましたから。他の乗用車では絶対に体験できない開発でしたからね。

おざわ こーじ◎バラエティ自動車ジャーナリスト。

JPNTAXI

日本の伝統色である「深藍」を身にまとったゆったりとしたボデーは、日本のどんな風景にもなじむ。※写真はオプション装着車

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