GR GT
悔しさが生んだスポーツカー

Car

文/島下泰久 写真/トヨタ自動車

2025年12月にベールを脱いだトヨタ自動車のスーパースポーツカー「GR GT」。お披露目の場となった東京オートサロン2026のトヨタブースは、その姿をひと目見ようと訪れたクルマ好きで埋め尽くされ、スポーツカーというジャンルの存在感、そしてトヨタ自動車が作る新型車への期待の高さをあらためて見せつける形となった。

オールアルミ製のボディや新型V8エンジンなど、GR GTの魅力を挙げていけばキリがない。だがそれ以上に見逃せないのは、このクルマがトヨタ自動車のスポーツカー技術を次世代へ継承するために作られたという事実だ。スポーツカーというものは一朝一夕には生まれ得ず、技術を受け継ぎ、それを磨く「人」が不可欠であるということを、GR GTとトヨタ自動車は我々に語りかけているのかもしれない。

そんなGR GTとは、より詳細に見るのであればどのようなクルマで、そしてトヨタ自動車は“何”を狙い、どんな想いで、このスーパースポーツをリリースしようとしているのか。モータージャーナリストの島下泰久氏が解説する。

「GR GT」の開発はいよいよ最終段階に

噂のスーパースポーツカー「GR GT」がその車名も含めて初めて世に披露されたのは、2025年12月5日(金)のことだった。実は今回のワールドプレミア(世界初公開)では、このGR GTのほかに「GR GT3」、そして「レクサスLFAコンセプト」という、基本コンセプトを共有しながら、それぞれ違った目的と個性を持つ3台のスーパースポーツが一挙お披露目された。

その中でも現時点でもっとも注目度が高いのは、やはりすでに開発が最終段階にある市販モデル「GR GT」だろう。2027年頃の発売を予定しているGR GTとは、いったいどんなモデルなのか。

2025年12月5日(金)に世界初公開され、先日、トヨタ自動車の「トヨタテクニカルセンター下山」で一部のメディアとモータージャーナリストを対象とする技術説明会が行われたGR GTのプロトタイプ。「公道を走るレーシングカー」として開発された、TOYOTA GAZOO Racingのフラッグシップモデルだ。
ドライビングポジションと視界が重視されているGR GTプロトタイプのコックピット。サーキット走行と日常的なドライビングの両立を目指している。

「モータースポーツ」を起点に市販車を作る

まず開発の狙いを端的に言えば、それは近年のトヨタ自動車が標榜している「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の、次のステップを踏むことである。これは、市販車から競技車両を生み出すのではなく、その逆。つまりあらかじめ競技車両に必要なスペックを盛り込んだ車両を開発して、その知見を市販車に落とし込むというクルマづくりを指す。

それを最初に実践したモデルが、2020年に発売された「トヨタ GRヤリス」だった。車体もパワートレインもデザインも、すべてがWRC(FIA世界ラリー選手権)制覇のために考え抜かれたこのクルマは、もくろみ通りWRCで大活躍を演じ、今ではサーキットレースにラリー、さらにはジムカーナやダートトライアル等々、エントリーレベルのモータースポーツでも熱い支持を集めている。

WRC(世界ラリー選手権)の出場資格を得るための市販車として開発され、2020年9月に発売されたトヨタ GRヤリス。

ではGR GTが目指すカテゴリーは?そのヒントとなるのが、冒頭に書いたように、GR GTと同時に発表された「GR GT3」である。

こちらがGR GT3。GR GTが「公道を走るレーシングカー」であるのに対し、GR GT3は、世界でもっとも人気が高いFIA GT3規定にのっとった純レーシングマシンとなる。

GT3とは今、世界中で隆盛を誇っている市販車ベースのスポーツカーレースのカテゴリーであり、特にジェントルマンドライバー(ハイレベルなレースに参戦しているアマチュアドライバー)にとっては、プロと伍して戦うことのできる最高峰クラスにもなっている。イベントの代表例が、クルマ好きにとってはおなじみの「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」だ。

ニュルブルクリンク24時間耐久レースは毎年初夏、ドイツのニュルブルクで開催される過酷な耐久レース。写真は2025年の同レースにTOYOTA GAZOO Rookie Racingから出場したGRヤリスDAT 109号車。

豊田章男会長が抱いた「悔しさ」と「悲願」

トヨタ自動車はこの「ニュルブルクリンク24時間レース」に長年参加してきたが、これまではクラス優勝しか実現できていない。今回GR GT3で狙うのはズバリ総合優勝。世界中のライバルたちに1台も抜かれることなく、後ろ姿だけを見せつけてゴールすることは、実はモリゾウ選手こと豊田章男会長の長年の夢なのである。

人とクルマを鍛え、もっといいクルマづくりにつなげるため、トヨタ自動車の豊田章男会長は2007年から、ニュルブルクリンク24時間レースに挑戦してきた(※当時は副社長)。だが2007年当時、トヨタ自動車はスポーツカーの新規開発を中止していたため、豊田氏は型遅れのトヨタ製スポーツセダンで、なんとか完走するのが精一杯だった。その時の「悔しさ」が、今日まで続くトヨタ自動車のスポーツカーづくりとモータースポーツに対する情熱につながっているという。
2025年のニュルブルクリンク24時間レースでGRヤリスDAT 109号車をドライブした豊田章男会長。2007年当時はレースでトヨタ自動車の名前を使うことができず、自身も「モリゾウ」というレーサー名を名乗った。現在、トヨタ自動車は社を挙げてモータースポーツに取り組んでいるが、豊田会長は、今もレーサーとしては「モリゾウ」と名乗りつづけている。

他にも、ル・マン24時間レースにもLMGT3クラス(市販車をベースとしたGT3マシンで争われるクラス)が設けられているし、国内を見てもスーパーGT300クラスをはじめ、GR GT3が参戦できるレースは数多い。トヨタ自動車は日本の、世界中のたくさんのドライバーたちに、「勝利を目指してレースを楽しむための最高の道具」を届けようとしているわけだ。

先に記した通り、GR GTはGRヤリスと同じように、まずは競技用車両ありきで開発が進められた。コンパクトに仕立てられたV型8気筒4.0Lツインターボエンジンの650psを超える最高出力は、前後重量バランスを均等に近づけるため車体後方に載せられたトランスミッションを介して、後輪を駆動する。そう、駆動方式はいわゆるFR。多くのドライバーにとって扱いやすく、しかもトヨタ自動車が長い歴史を持つレイアウトである。

フロント(Front)にエンジンを搭載し、後輪(Rear wheel)を駆動する「FR」と呼ばれるレイアウトを採用する市販車は、今やFF(前輪駆動)に押されて、世界的に見ても減少傾向にある。だがトヨタ自動車は今もGR86(写真手前の赤いクーペ)により、FRの伝統を守りつづけている。写真右奥の白いクルマはGR86の祖先にあたる、1983年にデビューしたトヨタ スプリンター トレノ。

実は、GR GTにはハイブリッドシステムも組み合わされている。トランスミッションに内蔵された電気モーターは、それこそプリウスなどと同じように減速時に回生したエネルギーによって駆動されるのだが、しかし電気モーターだけでの走行は行わない。

では何のための電気モーターかといえば、変速スピードを速めるため、ギアが切り替わる瞬間に強制的にエンジン回転数を合わせるなど、「意のままの走り」のために使われている。ハイブリッドといえばモーター走行や燃費というイメージだが、GR GTの場合はあくまで速さと操縦性のために活かされているのである。もちろん、高効率に。

GR GTの車両後部に搭載される「トランスアクスル」と呼ばれる部品。8速ATとモーター、そして機械式LSDという部品が一体になっている。

そしてデザインはと言えば、そんな高出力エンジンが載っているとは想像もできない低いフードが印象的な、ひたすらにロー&ワイドなフォルムが特徴。これは空力性能を最優先にしたもので、切り裂いた空気を後方にきれいに流す設計とされている。

GR GTの全高はわずか1,195ミリメートル。それでも、ヘルメットを被った状態できちんとしたドライビングポジションがとれるパッケージになっており、十分な視界も確保されている。

実はGR GT、開発の途中で左右席の間隔を詰めてキャビンを小さくするという設計変更があったという。レーシングカーであるGR GT3においてボディサイドを流れる風を、より効率良くリヤウイングに当てるためだ。

とはいえそれは、決して簡単な話ではない。ステアリングシャフトやエンジンルーム内のレイアウトにも影響が及ぶだけに、普通ならばあり得ない話と言ってもいい。しかしながら開発チームはトータルで速く、扱いやすいクルマを作るために、一丸となってこれを実現したのである。

クルマの開発において「設計変更」とは、そう簡単に実行できるものでもない。だがトヨタ自動車は「もっといいクルマを作る」という想いから、GR GTのキャビン(居室部分)を小さくするという設計変更を一丸となって行なった。写真は2025年のニュルブルクリンク24時間レースでのひとコマ。

速さを極め、継承することで、「未来の市販車」は生まれる

以上のとおり、とにかくディテールの隅々まですべてが何かしらの根拠、理由があって作られていて、しかもそこかしこに独自のアイデアが散りばめられているクルマ。それが「GR GT」だと言っていいだろう。

実はこうしたクルマづくりは、単に1台のスポーツカーを生み出すのに役立つだけにはとどまらない。

トヨタ自動車の豊田章男会長は、スポーツカー作りについて「式年遷宮」という言葉を使っている。式年遷宮といえば、伊勢神宮では20年に一度行われている神事で、定期的に社殿を別の場所に作り直すことで、技術の継承、そして精神的な再生へとつなげている。クルマの場合は同じものを新たに作るのではなく、その時々の限界に挑み、技術だけでなくその精神性をも次の世代に手渡そうというのが、その意味するところである。

GR GTは、トヨタ2000GT(1967年)とレクサスLFA(2010年)に続くトヨタ自動車のフラッグシップという位置付けであり、「クルマづくりにおける秘伝のタレ」を次代に伝承することも、開発の狙いのひとつであるという。レーシングカーにとっては最適だが、やや特殊なレイアウトである「ミッドシップ」ではなく、あえて伝統的で一般的な「FR」を選んだのは、スポーツカーづくりの技術と魂を次世代へ継承するためなのだ。

歴史を振り返ればトヨタ 2000GTがあり、スープラがあり、レクサス LFAがあった。そしてGR GTで再びその魂は継承され、未来のトヨタ自動車へ引き継がれることとなる。

技術を磨き、速さを極めることが、明日につながる。ストイックなスポーツカーのはずなのに、GR GTとは、実にロマンチックな存在でもあるのだ。

■トヨタ GR GT
https://toyotagazooracing.com/jp/gr/grgt/wp/

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