TS CUBIC SHOPPING使われなくなった楽器が優しい灯に変わる—サステナブルなくらしを彩るアップサイクルという選択
例えば、音楽室で時を重ねたフルートやクラリネットが、優しい灯りとして新しい物語を紡ぎ始める——。使われなくなったものにもう一度息を吹き込み、日常を彩るアップサイクル。今回は、廃棄予定だった楽器を照明に生まれ変わらせた「upcycle interior(アップサイクル インテリア)」の土井健嗣氏に、その誕生秘話と“再生”に込めた想いをうかがいました。
Text:Michi Sugawara
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)
フルートのスタンドライト「flute light(Blue)」
音楽室で親しまれたフルートが、温かな光を放つスタンドライトへ。楽器の機能美と柔らかな響きを思わせるような雰囲気が調和し、くらしに優しげなノスタルジーの彩りを添えます。「flute light(Blue)」(16,300円・税込み)
クラリネットのスタンドライト「clarinet light」
クラリネットもまた、スタンドライトとして新たな命を吹き込まれました。黒いボディと銀の輝きが楽器特有の存在感を発しながらも、その奥深い魅力が空間を優しく照らします。また、その土台には学校の机の天板が利用されています。
これらのプロダクトは、学校の備品ならではのノスタルジックな雰囲気もあわせ持ち、音楽の記憶をくらしの中に取り込んでくれます。「clarinet light」(14,800円・税込み)
「最初にリメイクを手がけた楽器はトランペットでした。管楽器の音が前に出ていくベルの部分が印象的で、音ではなく光が漏れるような形にできないかと思ったのがきっかけです。フルートやクラリネットのような細長い楽器も、その形を活かして照明に生まれ変わらせています。そこから一気に楽器類を使ったアップサイクルの活動が広がっていきましたね」(upcycle interior・土井健嗣氏)
学校の備品を新たな姿でよみがえらせる
そもそも土井氏が学校備品のアップサイクルを始めた背景には、原体験ともいえるある感情がありました。
「私は本業で大学関係の仕事に就いており、少子化の影響を強く感じていました。2015年頃、学校の統廃合によって廃校が増えているというニュースの中で、埃をかぶった机や椅子が並んでいる映像を見て、純粋に『もったいない』と感じたんです。私自身、父が家庭塾をやっていたので、そこで見る机や椅子にもすごく思い入れがありました。それがこんな形で捨てられていくのは寂しい・・・。それがきっかけでした」
そこで、廃校予定の学校に問い合わせると、やはりそれらの備品を廃棄していることがわかり、「それなら引き取らせてください」と、机と椅子5セットほどを無償で譲ってもらいました。
「現物を見ると、確かに曲がったり錆びたりしていました。でも、例えばカットしてローテーブルやローチェアにすれば、まだまだ使えるとも思ったんです。昔からものづくりがすごく好きだったので、自分の家で使いたいプロダクトという視点でアップサイクルを始めました」
大量生産・大量消費の家具が広がる一方で、一点一点が手づくりで、しかも使われていた背景を持つ家具には需要があるのではないか。土井氏は当時、そう直感したそうです。
個人の趣味から家族経営へと
土井氏の手がける「upcycle interior」が評判を呼び人気を博する中で、2021年に転機が訪れます。土井氏の父親が、営んでいた家庭塾を閉じることになり、実家の2階にあった教室を改装して工作室として整備。今では、ご両親も本格的に「upcycle interior」の活動に参加しています。母親が代表を務め、制作や発送の大半を担い、父親がそれをサポート。土井氏自身は、土日に企画や制作の一部に関わるという家族経営で活動を続けています。
「upcycle interior」は企業からも注目を集め、2021年には島村楽器との提携がスタート。同社の管楽器リペア部門で発生する廃棄楽器をインテリア雑貨として再生させるプロジェクトにも取り組んでいます。
土井氏が手がけるプロダクトは、そのデザイン性の高さから幅広い年代の人を惹きつけています。大量生産品にはない、手づくりの魅力。そして、かつて使われていた記憶が刻まれた素材感。それらが、空間に独自の価値観をもたらす要素として広く受け入れられているのです。
「廃材が持つ物語」を未来につないでいく
upcycle interiorの最大の強みは、単にものを再利用するだけでなく、そこに込められた“物語”や“思い”を尊重し、次世代へとつないでいく姿勢にあります。
「学校の机や椅子を活用したプロダクトをご購入いただく方からは、『昔同じものを使っていて懐かしい』とか『今、子どもが通っている学校にはこんな備品があるんだ』といった声をいただきます。また、オーダーメイドも承っていて、『子どもが使っていたバイオリンやランドセルをリメイクしてほしい』という依頼も多いです。照明だけでなく、時計やウォールミラーなどへのリメイクが可能です。やっぱり思い入れのあるものなので、それを何とか使える形にして残したい、と考える人が多いのだと思います」
オーダー製作にかかる時間は素材の送付から約1〜2週間を目安とし、値段も通常の販売価格と同一に設定。持ち込まれた素材に詰まったかけがえのない時間や背景にあるストーリーを丁寧に汲み取り、新たな形にして本人へ返すことを土井氏は大切にしています。また、記念のプレゼントとしての需要も多いそうです。
「買ってもらったランドセルを時計にリメイクして、おじいちゃんおばあちゃんにプレゼントしたいという卒業を控えた孫からの依頼などというものもありました。そんなふうに感謝の気持ちとともにものが循環していっているということに嬉しさを感じました」
通底するのは「もったいない」という気持ち
今後は事業拡大も視野に入れつつ、活動から得た利益の一部を寄付に充てるなど、社会への還元にも力を入れていく考えです。土井氏は、その根底にある思いを次のように語ります。
「この活動の出発点には『もったいない』という思いがあって、今後もよりものを大事にするという考え方を伝えていければと考えています。『アップサイクル』という言葉が広がっていく中で、さまざまな相談やこちらがつくりたいものもどんどん出てきています。これからもチャレンジを続けていって、お客さまにもよりアップサイクルの視点を届けていきたいです。私たちが大切にしているのはそのものが生まれた背景とストーリー性なので、そのコンセプトに共感して楽しんでもらえたら嬉しいです」
廃材に新しい命を吹き込み、持続可能で豊かなライフスタイルを提案するupcycle interiorの取り組み。それは、大量消費社会に対する静かな問いかけであり、私たちが忘れかけていた大切な価値観をそっと照らし出しているのかもしれません。
