週末は人情レストランへ(特別編)中華のサカイ本店(京都市)
商店街で、京都っ子の“ソウル冷めん”を
京都の町中華には、人を惹きつける味と人情があります。そこで今回は、Harmony誌面版連載「週末は人情レストランへ」をHarmony DIGITAL magazine Vol.13で掲載し、文筆家の井川直子さんが地元の人びとに長く愛されてきた京都の町中華「中華のサカイ」を訪ねます。暖簾の向こうに広がる店主との温かな交流や個性豊かな名物料理など、観光ガイドには載らないこの街ならではの食文化に触れてみませんか。
Text:Naoko Ikawa
Photo:Takahiro Takami
Edit:Fumihiro Tomonaga
もっちり麺に、辛子風味のクリーミーなタレ
京都の中華は、少々変わっている。
和食のようなだしの感覚、刺激を好まない香辛料使い、控えめな油。それに加えて、店ごとに独自の解釈と進化がある。
どうやらご本人たちに自覚はないようだが、全国的に見れば独立独歩の存在だ。
個性的な店しかない中華の都で、しかし地元の人が口を揃えてソウルフードと呼ぶ麺がある。
「中華のサカイ本店」の冷めん。そもそもは夏のメニューだったところ、「冬も食べたい」「年末年始の帰省時に食べたい」などの熱烈コールにより1年中作るようになったという。
なるほど、彼らの気持ちはわかる。
もちっとした中華の丸太麺に、辛子風味のなんともクリーミーなタレ。これだけでもすでにユニークなのだが、ざっくりと手繰って頬張れば、風味は辛子なのに辛さはマイルドという想定外。
噛むうちに甘みとコクが広がるなか、口をさっぱりとさせるきゅうり、歯ごたえのある細切りの自家製焼豚。トッピングの風味豊かな海苔が、これらをつなげる名バイプレーヤーとなっている。
「当初はトマトや錦糸卵などものせていましたが、お客さんが“抜きで”と要望されるんです。たしかにうちの冷めんは、特注の麺と秘伝のタレが主役。そこで先代が、主役を引き立てる具材に絞りました」
教えてくれたのは、現女将の西谷桂菜さん。夫で料理人の洋一(ひろかず)さんと、3代目を継いで店を切り盛りしている。
作り方は店主のみぞ知る、秘伝のタレ
初代は、桂菜さんの祖父母である土田清三郎さん、キヌさん夫婦だ。
1939年に、そもそもは喫茶店「喫茶サカイ」として創業。ほどなく、手作りのカレーライスやオムライスといった洋食も提供するようになった。
ところが2年後に太平洋戦争が始まり、1945年に終結。家族は無事だったものの、食糧難で材料を調達できず、洋食が作れなくなった。
「中華なら、たとえば肉の骨や野菜の切れ端でだしが取れる。限られた食材でも、最後まで無駄なく使い切れる」と清三郎さんは喫茶の看板を下ろし、「中華のサカイ」として再出発。
このとき、店の看板料理として考案したのが、冷めんだった。どこかで食べた“冷麺”なるものをそっくり真似るのではなく、改良して、どこにもないオリジナルの味を生み出したい。そう考えて、2年も試行錯誤を重ねたという。
完成したタレは、だからトップシークレットだ。作り方は一子相伝で、代々店主ただひとり。スタッフの帰宅後や出勤前に作る徹底ぶりで、妻にさえ口外しない。
清三郎さんは、2代目を継いだ息子の土田尚紀さんにマンツーマンで教え込み、3代目の洋一さんも同じように特訓を受けた。
「夫は合格をもらうまで何度も何度も作り直し、からだで覚えたそうです」
両親ともに忙しく働いていたから、桂菜さんはもっぱらキヌさんに育てられた。
「礼儀作法や言葉遣いなど本当に厳しかったんですけど、祖母の作ってくれるごはんがとても美味しかったんです」
肉じゃがといった、ごく日常の献立がしみじみと美味しい。だしをきちんと引くことは当たり前だが、思えば、食材にこだわりのある人だった。
というか、信頼できる専門店を選んでいた。
かしわ(鶏肉)屋さんはここ、お肉でも牛はこっち、豚はあっち。昆布の専門店には、少々足を延ばしても決まったものを買いにでかけたという。専門店に独自の仕入れと技術があった、そういう時代。
「中華のサカイ本店」でもまた仕入先が決まっていて、3代にわたる長い信頼関係が築かれている。
中華の店で、オムライス?
商店街の町中華であるから、もちろん地元の人にはそれぞれに、冷めん以外の推しがある。
定番の中華そばは、濁りのあるスープが味噌のようでありながら、ベースは醤油。こっくり濃厚かと思いきや、あっさりめの味わい。そこへ甘いメンマ、という刺客。この店の「定番」は、初めての者にとって驚きの連続だ。
一般に、春巻きと聞いて想像するのは、小麦粉の皮で餡を包み揚げたものだろう。
しかし京都では伝統的に、薄焼き卵の皮が多い。戦後、小麦粉が手に入らない時代に卵で代用したことが起源ともいわれるが、「中華のサカイ本店」もまた薄焼き卵版だ。
小麦粉版のバリッではなく、ふんわりサクッと揚がった生地の心地よさ。具はたっぷりの筍を少しの餡でつないだ、こちらはシャキシャキの食感である。
ちなみに、ひと口サイズにカットしてある親切は、京都の舞妓さんのためであった。
子どもの頃から店のメニューを食べてきた桂菜さんの、個人的な推しを訊ねると「オムライスです」と即答だった。
でもなぜ、中華の店でオムライス?
「洋食時代のお客さまから、残してほしいという要望があったと聞いています。オーソドックスなんですけどね。薄焼き卵で包むタイプで、ごはんはシンプルなケチャップライス。でもこれが大好きでした」
たしかに具は、玉ねぎと鶏肉のみの潔さ。
だがこの店では、ごはんを中華の強い火力で、中華鍋を振りながら炒めていたのだ。するとケチャップの水分が飛んでベタつかず、炒飯のように油が米粒全体をコーティング。結果、表面はパラパラなのに米のなかの水分は守られ、噛むとしっとりした食感になる。
異業種から転向して、3代目に
じつは、桂菜さんと洋一さんはそれぞれに仕事をもっていた。しかし兄もまた家業を継ぐことはなく、このままでは祖父母から両親へと手渡されてきたバトンが途切れることになる。ならば自分たちが継いでいこう。そう決めたのは、2014年のことだ。
「代々家族で守り、今も愛されているお店を失うことはできないと思ったんです」
洋一さんは厨房に入って修業から始め、彼女は若女将として母・美津子さんから接客を学ぶ。美津子さんの教えは「お客さま一人ひとりを大切に」という言葉だった。
「なので、一人ひとりの表情をよーく見ています。一口目って、正直に顔に表れるんですよ。美味しい!とか、あれ?とか。だから何気なくちらちら見て、満足してもらえたかな、何か足りないのかな、など考えます」
彼女の明るさは母譲りだろうか。礼儀正しさは、キヌさんの躾の賜物か。1939年に創業した「中華のサカイ本店」は2026年で創業87年。祖父、父、夫がつないできた正直な味とともに、気持ちのいい時間もまた守られている。
中華のサカイ本店
住所:京都府京都市北区紫野上門前町92
駐車場:あり(11台/うち軽自動車専用4台)
営業時間:11時〜14時45分(ラストオーダー)、17時〜21時(ラストオーダー:20時30分)
定休日:月曜・火曜(月曜が祝日の場合、火曜・水曜)
公式WEBサイト:https://www.reimen.jp/
紹介してくれた人
井川直子
いかわ・なおこ
文筆業。食と酒にまつわる人と時代をテーマに、ノンフィクションやエッセイを執筆。近著は『小さな店をつくりたい 好きな仕事で生きる道』(家の光協会)。ほかに『ピッツァ職人』『シェフを「つづける」ということ』『昭和の店に惹かれる理由』(以上ミシマ社)、『東京の美しい洋食屋』(エクスナレッジ)など。『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)において、第6回『食生活ジャーナリスト大賞 ジャーナリズム部門』を受賞。
一緒に立ち寄りたい周辺スポット
北山の自然と歴史ある社寺が調和する京都市北部。四季の散策や名刹巡りも楽しめ、京野菜の代表格である賀茂なすや西陣織の産地としても知られている。
京都最古の神社のひとつとされる世界文化遺産・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は必訪の地。御祭神は賀茂別雷大神。賀茂川の河畔に広がる境内は静寂と開放感に満ち、訪れる人を清々しく迎えてくれる。国宝2棟、重要文化財41棟を含む60以上の社殿や立砂(たてずな)など、見どころも多い。
一方、1924年(大正13年)開園の京都府立植物園は日本最古の公立植物園。多様で充実したコレクションを誇り、全長約460mのルートを巡る観覧温室では、植生の異なる約4,500種類もの植物と出合える。各所に休憩場所が設けられ、憩いと学びの贅沢な時間をゆったり過ごせるのが嬉しい。
賀茂別雷神社(上賀茂神社)
住所:京都府京都市北区上賀茂本山339
駐車場:あり(有料)
アクセス:JR「京都駅」からクルマで約30分
開門時間:5時30分~17時(二ノ鳥居)
公式WEBサイト:https://www.kamigamojinja.jp/
京都府立植物園
住所:京都府京都市左京区下鴨半木町
駐車場:あり(有料)
アクセス:名神高速道路京都南I.C.から約30分
開園時間:9時~17時(入園は16時まで)
※季節によって開園時間が前後することがあります。
休園日:年末年始(12月28日~1月4日)
入園料:大人500円、高校生・65歳以上250円、中学生以下無料(すべて税込み)
公式WEBサイト:https://www.kyotobotanicalgardens.jp/
※掲載の内容は2026年8月現在のものです。