狭く曲がる山道と紅葉、そして熱狂─世界が驚く日本の公道レースラリージャパン2025レポート:日本の山道で繰り広げられた極限バトル

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長年、FIA(国際自動車連盟)世界ラリー選手権(WRC)を取材してきたモータースポーツジャーナリスト/フォトグラファーの古賀敬介氏が、2025年の「世界ラリー選手権フォーラムエイト・ラリージャパン(以下、ラリージャパン)」の熱気と舞台裏をレポート。ケニアやチリなど世界各地を巡ってきた古賀氏にとって、愛知・岐阜で開催されるホームラリーは特別な一戦。ドライバーの戦いだけでなく、レッキの様子、沿道との距離感、地元の盛り上がりまで、日本ならではの魅力と2025年大会の興奮をご紹介します。

Text & Photo:Keisuke Koga
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

30年以上のWRC取材が教えてくれた“世界”と“ホーム”の距離

私はこれまで30年以上にわたり、ジャーナリスト/フォトグラファーとしてWRC(世界ラリー選手権)を取材してきました。WRCは世界のさまざまな国で開催されるため、1カ月に1度くらいのペースで海外出張にでかけています。アフリカのケニア、南米のチリやパラグアイ、ヨーロッパのモナコなど、普段なかなか行くことがない国を訪れるのはとても楽しく、その国ごとに個性が異なるラリーを取材できるのは大きな喜びです。

そんな私ですが、やはりホームラリーである「ラリージャパン」は特別な1戦ですし、ほかの国のラリーにはない魅力にあふれていると感じます。2025年もラリージャパンは愛知県と岐阜県を舞台に、11月の初旬(2025年11月6日(木)~11月9日(日))に開催されました。私もほかのラリー以上にしっかりと取材をしてきましたので、その様子と魅力を皆さんにお伝えしたいと思います。

月曜から始まるWRC─準備とファンとの近さ

サーキットレースなどほかのモータースポーツと比べると、ラリー、特にWRCは開催期間が長いのが特徴です。競技が始まるのはラリージャパンの場合は木曜日で、日曜日まで4日間に渡り真剣勝負が繰り広げられます。それだけでも十分長いのですが、選手たちの仕事はすでに月曜日から始まっているのです。ラリー本番で全力走行する山道=ステージを事前に走り、どのようなコーナーが続くのかなどをノートに記す「レッキ」と呼ばれる下見走行を行うためです。このレッキではスピードを出して走ることはできませんし、クルマもラリーマシンではなく、市販車に近いクルマです。選手たちはそのクルマで全ステージを各2回ずつ走行し、ラリー本番に備えるのです。

競技が始まる前にレッキ(ステージの事前下見走行)を行う選手たち。ファンのサインや写真撮影に気軽に応じるドライバーもたくさんいます。

レッキでの成果が本番に大きく影響するため、選手たちは月曜日から真剣です。それでもラリー本番よりはリラックスしているので、一般道で偶然出会ったファンの皆さんのサインに応じたり、一緒に写真を撮ってくれたりする機会もあります。また、ラリー本番中であっても、ステージとステージをつなぐ「リエゾン」と呼ばれる移動区間では、普通のクルマに混じってラリーマシンが走行するため、沿道で応援したり写真を撮ったりすることも可能です。イメージとしてはマラソンや駅伝に近く、今回のラリージャパンでも信じられないくらい大勢のファンの皆さんが、沿道応援していました。世界トップレベルのアスリートが、普通に街中や山道を走り、ファンの皆さんとフレンドリーに触れ合う。この距離の近さは、世界レベルのモータースポーツではなかなかないものですし、WRCの魅力のひとつであると私は常々感じています。

ステージとステージをつなぐ一般道でファンのすぐ近くをゆっくりと走行するラリーカー。この距離の近さもサーキットレースにはない魅力のひとつ。

日本の山道が生む極限バトル─“逃げ場のない”ステージの魅力

とはいえ、WRCの真の魅力はやはりステージにあります。ラリージャパンの戦いの舞台となる愛知と岐阜の山道は、全体的に道幅が非常に狭く、曲がりくねっています。普段は時速30〜40キロメートル程度しか出せないような狭道を、ラリーカーは時速80〜100キロメートルで駆け抜けていきます。少し道幅が広く、見通しのよい道ならば時速180キロメートルくらいスピードが出る場所もあります。少しくらいコースアウトしても大丈夫なように設計されているサーキットと異なり、WRCのステージは逃げ場がまったくありません。道のすぐ横にはガードレール、樹木、岩壁、崖などが迫り、クルマのコントロールを失うと即クラッシュしてしまいます。

険しい山岳地帯の舗装路を片輪を浮かせながら走行。完全に封鎖された一般道だからこそ可能となる迫力ある走りです。

また、ラリージャパンは秋季の開催なので、道には多くの枯れ葉や木の枝が落ちています。この時季の愛知、岐阜の山道は紅葉がとても美しく、ほかの国のラリーにはない日本の里山の魅力があります。しかし選手たちにとって、落ち葉はタイヤのグリップを低下させる悩ましい存在です。また、妖しい緑色の光を放つ苔も滑りやすく、特に雨で濡れていると非常にやっかいです。そんな危険な山道を、WRCドライバーはレッキで収集したノートの情報をもとに全力でアタックするのです。コーナーの先が見えなかったり、霧や豪雨で視界が悪かったりしても、助手席に乗る「コ・ドライバー」が読み上げるノートの情報を信じ、アクセルを緩めないのです。その勇猛果敢な走りは、四半世紀以上WRCを取材している私でも毎回のように鳥肌が立ちます。

秋の日本の道は落ち葉が多くとても滑りやすい。突然タイヤが滑るような難しいコンディションながら、WRCドライバーたちは躊躇することなく攻めます。

山道だけでなく、街中にもステージが設けられるのもラリージャパンの魅力です。家が建ち並び、普段は地元の人たちの生活道路でもある一般道を、スピード制限なしでラリーカーが駆け抜けていく姿は、まさに非日常。もちろん、ステージとなる道はラリー期間中交通が完全にシャットダウンされ、安全には問題ありません。それでも、民家や神社仏閣のすぐ横を、ラリーカーが轟音とともに通過する光景は異常です。レースでもF1モナコ・グランプリなど市街地レースはありますが、それ以上の非日常を感じます。そして、そんな全開で走るラリーカーを少し離れた安全な場所から楽しそうに観戦している地元の方々の姿を見ると、WRCが日本でも受け入れているのだと実感し、とても嬉しくなります。

普段は静かな山村の神社前をラリーカーが轟音を響かせながら走行。この非日常的な光景はWRCでしか見ることができません。

次に紹介したいのは、ラリーの中心となり、ラリーカーの整備を行う「サービスパーク」です。
ラリージャパンが愛知、岐阜ではじめて開催されたのは2022年で、2025年は4年目でした。「サービスパーク」は、2025年も愛知県豊田市の豊田スタジアムに設けられました。サービスパークではクルマの整備作業を間近で見ることができ、サーキットレースに当てはめるとピットやパドックに相当します。また、今回は豊田市駅前の広場と大通りで、木曜日の夜に大々的なウェルカムショーが行われました。出場する全選手とマシンが次々と紹介され、とても盛り上がりました。そして、もちろんショーの観覧は無料のため、ラリージャパンを知らなかった人も含めて大勢のギャラリーがショーを満喫していました。本当に素晴らしい雰囲気だったと思います。

2025年もラリージャパンは愛知県の豊田スタジアムが大会の中心に。クルマを整備するための「サービスパーク」はスタジアム外の駐車場に設けられました。

2025年の激闘と、2026年への期待

さて、肝心な2025年のラリージャパンの内容ですが、チャンピオンを争うドライバーたち、そして愛知県出身の勝田貴元選手らが非常に見応えのある戦いを繰り広げました。2025年のラリージャパンは全14戦のうちの第13戦。すでにメーカー部門の「マニュファクチャラーズタイトル」は、前戦でトヨタが獲得していました。しかし、ドライバーズタイトル争いはまさにクライマックスを迎えており、トヨタのエルフィン・エバンス選手、セバスチャン・オジエ選手、同じくカッレ・ロバンペラ選手、そしてヒョンデのオィット・タナック選手が、チャンピオンを目指して戦いに臨みました。

ギャラリーコーナーを全力走行するTOYOTA GAZOO Racingのセバスチャン・オジエ選手。2025年に9回目のチャンピオンを獲得したWRCのレジェンドです。

ラリーが始まると、過去8回世界チャンピオンに輝いているレジェンドのオジエ選手と、初タイトル獲得を目指すエバンス選手が、両者一歩も引かぬ超接近戦を展開。序盤はそこに、WRC初優勝を狙う勝田選手も加わり、息詰まる三つ巴の戦いが続きました。そして勝田選手は、一時トップに立つなど大活躍。F1と並ぶ世界最高峰の四輪モータースポーツであるWRCで、日本人選手が地元で優勝争いに加わるなんて、夢のような話です。その後、残念ながら勝田選手はクルマにダメージを負って後退してしまいましたが、それでも現地で観戦していたファンの皆さんは勝田選手の活躍にきっと心を打たれたことでしょう。私も取材をしながら、いつも以上に気持ちが昂っていました。

愛知県出身の勝田貴元選手はWRCトップドライバーのひとり。地元開催のラリージャパンでトップ争いに加わるなど大会を盛り上げました。

最終的に、ラリーはオジエ選手とエバンス選手の一騎打ちに。彼らはGR YARIS Rally1の性能をフルに出し切り、信じられないくらいハイレベルなバトルを最後まで続けました。ラリー最終日の日曜日は雨で道が非常に滑りやすく、クラッシュを喫したクルマもありました。しかし、彼ら2人は抜群のテクニックで濡れた路面をものともせず疾走。勝負は最後のステージまで続きました。そのステージではオジエ選手が1番手タイムを記録し、リードを守り抜き優勝。しかし、エバンス選手も何と0.096秒差という僅差の2番手タイムを刻むなど、最後まで白熱した戦いで現場は大盛り上がりでした。約14キロメートルの雨のステージを走って0.096秒差だなんて、信じられないことですが、それだけ彼らが力を出し切ったということです。本当に素晴らしい戦いでした。

雨で濡れた道をアクセル全開で攻めるエルフィン・エバンス選手。オジエ選手との息詰まる戦いが2025年のラリージャパンを最後まで盛り上げました。

このように、ラリージャパンでは2025年も熱い戦いが見られました。そして、日本のファンにとっては嬉しいことに、トヨタの3人のドライバーが表彰台を独占し、表彰式会場はお祭り騒ぎでした。ラリーが終わった翌日には来シーズンのトヨタチームの体制が発表され、元世界王者でスバルで活躍したペター・ソルベルグ氏の息子、オリバー・ソルベルグ選手が加わることになりました。ロバンペラ選手は日本最高峰のレース、スーパーフォーミュラに参戦するため2025年限りでWRCから引退しますが、2026年もトヨタのドライバー陣はかなり強力といえそうです。勝田選手も引きつづき、チームの一員として全戦に出場することになったので嬉しい限りです。

チームのホームラリーでTOYOTA GAZOO Racingが表彰台を独占。優勝したオジエ選手(右から3人目)の横で豊田章男トヨタ自動車会長も勝利を喜びました。

2026年のラリージャパンは開催時期が大幅に早まり、5月に行われます。きっと今までとは違う、緑あふれるステージでの戦いとなるはずなので、私も今から楽しみでなりません。そして何よりも、今回優勝争いに加わった勝田選手が、次こそは表彰台のトップに立ってくれるのではないかと期待しています。もちろんインターネットやテレビでラリーを観戦するのも楽しいですが、大自然の中で迫力あるラリーカーの走りを見るのはやはり格別です。アウトドアを楽しむ感覚で現地観戦することを、ぜひおすすめします。もちろん私も取材に行きますので、見かけたら声をかけてくださいね!


古賀敬介

1967年生まれ。モータースポーツジャーナリスト/フォトグラファー。モータースポーツ専門誌のエディターとして経験を積み、独立してフリーランスに。学生時代の1992年にフィンランドではじめて観戦したWRCに魅せられ1994年から取材を開始。現在はル・マン24時間、SUPER GT、スーパーフォーミュラなどサーキットレースの取材も精力的に行っている。

2026年のラリージャパンは、5月28日(木)~31日(日)に愛知県、岐阜県にて開催。

世界ラリー選手権フォーラムエイト・ラリージャパン2026公式サイトはこちら。
https://rally-japan.jp

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