松葉かにを堪能する冬旅へ極上の松葉かにを求め冬の城崎温泉へ

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日本海が10年かけて育む冬の宝石、松葉かに。多くの文人たちが愛した城崎温泉の名宿で、その旬の食材を心ゆくまで堪能する。極上の美食と伝統のたたずまいが織りなす、至高の冬旅へ。それは長く記憶に残る特別な時間となるはずです。

Text:Fumihiro Tomonaga
Edit:Yasumasa Akashi(pad)

温泉街の中心を流れる大谿川。

歴史が息づく温泉郷、城崎温泉

兵庫県豊岡市に位置する城崎温泉の歴史は約1,300年前、奈良時代にまで遡ります。温泉街を流れる大谿川(おおたにがわ)沿いには柳の並木が優雅に枝を垂らし、石造りの太鼓橋が情緒を添えています。夕暮れどきになると浴衣姿の旅人が下駄の音を響かせながら、外湯巡りへと繰り出す光景があちこちに。そして2013年には『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で二つ星も獲得。その情緒豊かな風情は今も国内外の旅人の心を惹きつけてやみません。

四季を楽しむ露天風呂「月下の湯」(城崎温泉「西村屋ホテル招月庭」)。

文豪・志賀直哉が『城の崎にて』を著すなど、明治から昭和にかけて多くの文人墨客に愛された城崎温泉。彼らが心を寄せたのは、温泉の湯だけではありません。山陰の自然が織りなす四季の移ろい、そして冬の日本海がもたらす美味なる恵み ― その極みが「松葉かに」です。

「松葉かに」の神秘と、食材としての趣

「松葉かに」は、山陰地方の広い範囲で獲れるズワイガニの雄を指す名称。日本海の冷たい海水と豊かなプランクトンに育まれ、上品な甘みとふっくらした身質を誇ることで知られています。水深200〜600メートル、水温0〜3度という比較的浅い海域に生息し、幼生から稚ガニ、そして親ガニへと成長するまでに10回以上も脱皮を繰り返し、親ガニになるまで実に約10年もの歳月を要します。私たちが口にする一杯のかにには、そうした自然の営みが凝縮されているのです。

「松葉かに」の漁期は、毎年11月6日〜翌年の3月20日。

“紅い宝石”とも称される「松葉かに」は、単なる旬の食材ではありません。それは日本海の厳しい環境のなか、長い時間をかけ育まれた滋味の結晶。 同じズワイガニでも、北陸地方の「越前がに(福井県)」や「加能ガニ(石川県)」が、身の強い甘みを特徴とするのに対し、山陰地方の「松葉かに」はバランスの取れた洗練された味わい。茹でてよし、焼いてよし、そして鮮度が抜群なら刺身でと、調理法によって多様な味わいを披露してくれるのもこの食材の奥深さです。

冬の城崎温泉を彩る、獲れたての「津居山かに」

なかでも城崎温泉からクルマでわずか10分ほどの津居山港で水揚げされる「松葉かに」こそが、地元で「津居山かに」と呼ばれる逸品。漁場は港から約50キロメートルの沖合、約2時間半の距離。港が小さい分、小型の漁船が多く日帰り操業が中心となり、獲れたてのかにを鮮度を保ったまま短時間で持ち帰る。これが「津居山かに」の味わいを格別なものにしている所以です。

城崎温泉には「松葉かに」、そして「津居山かに」を存分に味わうことのできる名宿があります。

伝統と格式が際立つ「西村屋本館」

城崎温泉で最上の「松葉かに」料理を堪能するなら、彼の地を代表するふたつの西村屋、「西村屋本館」と「西村屋ホテル招月庭」をおいてほかにありません。

創業165年、江戸安政年間より続く「西村屋本館」は、城崎温泉の歴史と栄華を象徴する存在。志賀直哉や与謝野晶子をはじめとする数多くの文人たちがこの宿に足跡を残してきました。建物の一部は国の登録有形文化財にも指定され、朝食会場となる「泉霊の間」の壁に掲げられた犬養毅元首相の真筆のほか、館内には彼らが遺した貴重な書画を多数所蔵。展示室も設け、一般公開しています。

100畳ほどの「泉霊の間」。中央に掛けられているのが犬養毅元首相の掛け軸。

「西村屋本館」で最上のかにを味わう

「西村屋本館」は山陰随一の純日本旅館として、伝統の様式美を今に伝えています。とりわけ巨匠・平田雅哉氏が手がけた別棟「平田館」の数寄屋造りの建築は、和の風情そのもの。それぞれ異なる趣向で切り取られた部屋の庭からは、四季折々の移ろいを楽しむことができます。

「西村屋本館」で供されるのは、高橋悦信総料理長の“匠の技”が光る逸品ばかり。最高級の津居山かにを含む、「松葉かに」の美味を十二分に活かした会席料理は一品一品が丁寧に仕立てられ、器や盛り付けにも日本の美意識が息づいています(2026年3月20日の漁期終了後も、館内の生け簀を利用して3月中は提供予定)。

別棟「平田館」の露天風呂付き特別室「観月の間」。

おすすめの「松葉かに会席」は、新鮮な活かに一杯相当を、主に茹でかに半丁と、かに刺し、陶板蒸し、小鍋でいただくコース。透き通るようなかにの刺身は、口に含むととろりと甘くみずみずしいうまみが広がり、浜茹でされた茹でかには冷まして提供され、そのプリプリとした食感と程よい塩味が絶妙。どの品もかに本来の奥深い味わいを存分に楽しめるものばかりです。

「松葉かにづくし」は、冬季限定のかにのフルコース。青いタグは津居山港で水揚げされた「津居山かに」の証。

そして、「松葉かに」をさらに心ゆくまで満喫したい方には「松葉かにづくし」のコースも用意。こちらはかにの量が一杯半相当に増えるほか、すり流し、焼きかに、かにしゃぶ、かに雑炊といった松葉かにのフルコースを味わえます。白味噌仕立てのすり流しは、かにのみを具材としたシンプルながらも濃厚でなめらかな口当たり。焼きかには香ばしい香りが食欲をそそり、熱々のふわっとした身は一段と甘みが強まります。締めくくりの「かにしゃぶ鍋」では、かにのうまみが出汁に溶け込み、野菜と一緒に口に含めば至福の味わい。残った出汁にご飯を入れると美味しさが凝縮した究極の雑炊にもなります。そして忘れてはならないのが、かにみそ。こちらは甲羅焼きにしたみそと焼きかにの身を和えたり、希望があれば焼いた甲羅に日本酒を注いで芳醇な風味を味わったり。この甲羅酒は、お酒好きの方には一度口にしたら忘れられない味となるでしょう。

新鮮な「松葉かに」を贅沢に「かにしゃぶ鍋」でいただく。

格式ある名旅館の部屋で庭園を愛でながら、自慢の料理をじっくりと時間をかけて味わう― それは日本の伝統的なおもてなしを体感する、この上なく贅沢な時間です。

西村屋本館

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島469
アクセス:北近畿豊岡自動車道・豊岡出石I.C.から城崎温泉まで約18分
駐車場:あり

「西村屋ホテル招月庭」で楽しむ多彩なかに料理

一方、「西村屋ホテル招月庭」は、本館の伝統を受け継ぎながらも、新時代の「日本のリゾート」を標榜するモダンなたたずまい。広々としたロビーに開放的なレストラン、そして5万坪におよぶ森林庭園、大自然に囲まれた露天風呂、プライベートスパ、家族連れやグループでの旅行にも最適な環境が整っています。

スパは、露天風呂や岩盤浴を貸切で楽しむスタイル。

「西村屋ホテル招月庭」のかに料理の魅力は、その多様性にあります。本館と同様、おひとりさまに松葉かに一杯相当を使ったかに刺し、茹でかに、かに海鮮鍋に、黒毛和牛や新鮮な日本海の魚介類といった旬の味覚を組み合わせた「松葉かに会席」。さらに一杯半相当を使ったかに刺し、茹でかに(半匹)、焼きかに、かにしゃぶなど、さまざまな調理法で味わったあとに、うまみを閉じ込めた絶品のかに雑炊で締める「松葉かにづくし」といったふたつのメニューがメイン。ゆっくりと個室でいただくか、カジュアルにダイニングでいただくか、夕食の場所も選べるようになっています。

「西村屋ホテル招月庭」でも「西村屋本館」と同じようにかにを楽しめる。

そして伝統的な調理法に加え、より創意工夫を凝らした現代的なかに料理もラインアップ。かにの天ぷらやかににぎりといった別注料理や、シーズン中はレストラン「Ricca」でも、「松葉かに」をメインに使った洋食のコース料理が用意されています。

庭園側は全面のガラス張りのレストラン「Ricca」。

明るく開放的な雰囲気の中でいただくかに料理は、部屋食とはまたひと味違った趣があります。家族や友人と、笑顔でかにを囲む時間 ― それは、冬の旅の最高の思い出となるはずです。

西村屋ホテル招月庭

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島1016-2
アクセス:北近畿豊岡自動車道・豊岡出石I.C.から城崎温泉まで約18分
駐車場:あり

期間限定の美味を堪能する醍醐味

11月上旬から3月下旬まで、この限られた期間だけ味わえる松葉かにを求め、多くの人びとが城崎温泉を訪れます。「西村屋本館」の格式ある静謐な空間で、あるいは「西村屋ホテル招月庭」の開放的なリゾート空間で。どちらを選んでも、そこには“口福のひととき”が待っています。

かにを食すとき、人は無言になります。それは、この食材がもつ圧倒的な美味しさの前に言葉が不要になるから。殻を割り、身をほじり、甘い汁を味わう ― その所作一つひとつが、冬の贅沢な儀式なのかもしれません。日本海の至宝を伝統ある温泉宿で味わう旅。この冬、城崎温泉で「松葉かに」との特別な出合いを、ぜひ。


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