現地発の情報で巡る軽井沢の新たな旅のかたち
消費型観光から“時間を慈しむ”体験型観光へ

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明治の世から避暑地として、日本の別荘文化を育んできた軽井沢。そんな同地が近年、通り過ぎるだけの消費型観光から脱却し、本来の「滞在型リゾート」としての真価を取り戻す体験型観光への転換を加速させています。信州地域へのハブとなる商業施設に、この地でワインづくりを始めたワイナリー、そして避暑地文化の象徴ともいえる「旧三笠ホテル」を巡り、土地の思想と深くつながっていきます。時間を慈しみ、心身を整える新たな旅へと踏み出しましょう。

Text:Michi Sugawara
Photo:Masahiro Miki
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

浅間山の南麓、気高いカラマツの緑に包まれた軽井沢は、明治の世から日本の別荘文化を牽引してきた避暑地です。そして今、この地では単なる旅行先ではなく、時間を慈しむ“体験型リゾート”として再設計する動きが始まっています。

その背景にあるのは、現在の軽井沢が直面する静かな危機感です。最盛期には年間約850万人もの観光客が訪れる一方で、その多くは日帰りで、人気スポットに立ち寄るだけという状況にあり、平均消費単価も数千円程度という“消費型の観光地”に変わりつつあるとされています。そこで現在は、そうした構造から脱却し、軽井沢での体験価値を高める新たなコンテンツの創出や、周辺エリアとの広域連携による課題解決が模索されています。

かつてこの地のオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)に勤め、現在はウェルネスリゾートとしての価値を発信する「軽井沢トラベル&コンサルティング」代表・河野岳さんは次のように話します。

「近年は周辺の商業施設を観光して帰る人がほとんどで、この地に流れる穏やかな時間や別荘文化といった本質的な魅力が伝わっておらず、非常にもったいないと感じています。だからこそ今、自らの時間をゆっくりと使えるリゾート地として、あるべき姿へと変えていく動きが起こっているのです」

通り過ぎるだけの旅から、土地の文化風土にじっくりと身を浸す旅へ。滞在型リゾートの魅力は、長く滞在するほど深まっていくものですが、その入口は日帰りでも十分に体感できます。今回は、旅の起点として人びとを惹きつける「軽井沢T-SITE」、歴史を越えてワイン文化の未来を醸す「軽井沢アンワイナリー」、そして避暑地文化の象徴ともいえる「旧三笠ホテル」の3つのスポットを巡りながら、軽井沢が紡ぎ出す新たな時間の価値をひも解いていきます。

軽井沢T-SITE:地域をつなぐ新しい扉

まず「地域の起点となるハブとして、信州の全周辺地域へ足を運んでもらうポータルになってほしい」と、河野さんが熱い視線を注ぐのが、2026年3月に開業を迎えた「軽井沢T-SITE」です。

同氏の言葉どおり、しなの鉄道の旧有地に誕生し、軽井沢駅直結のこの商業施設は、新たな信州の玄関口となっています。テナントには地域の上質なプロダクトを中心に扱うローカルコンビニ「わざマート」や長野県産ワイン、信州そばの店が軒を連ねる一方、「I'm donut?」や「笠庵 賛否両論」「鮨屋小野」など、東京発の名店も入居し、観光客と地元住民がともに集う空間を創り出しています。

軽井沢T-SITE。

中でも印象的なのは、露天風呂や屋内外のサウナが設けられた温浴施設「AQUAIGNIS GARDEN SPA」と、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(以後、CCC)が手がける、空間を貫く巨大な薪ストーブのあるシェアラウンジです。軽井沢T-SITEを担当するCCCの今岡慎弥さんは「コンセプトは『信州のゲートウェイ』。軽井沢だけでなく、長野全体の魅力を知る起点にしたかったのです」と話します。

軽井沢T-SITEを担当するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の今岡慎弥さん。「シェアラウンジの提供商品には、ほかのシェアラウンジにはないクラフトビールや地元のお菓子などを並べています。軽井沢という街自体が、文化があって自然が残っているところなので、自然を感じながらゆっくり過ごしていただきたいですね」
冬場には薪ストーブに火が入り、暖を取れるエントランス。ほかにもビジネスエリアやドッグフレンドリーエリア、温浴裸足エリアなど、思い思いの過ごし方ができる空間に分かれている。
併設された「AQUAIGNIS GARDEN SPA」は、「静かな上質さと、旅をほどく森の玄関口」をテーマに長野県産の薬草を使った内湯や露天風呂、フィンランド式サウナを楽しめる。
暖簾をくぐった先にある「AQUAIGNIS GARDEN SPA」の温浴施設。

もともとCCCは、軽井沢の街から最後の書店が消えたタイミングでその建物を引き継ぎ、2018年に「軽井沢書店」をオープンしました。そこから年月をかけて地域とのつながりと文化を深く育んできました。「軽井沢T-SITE」は、その歩みのひとつの結実ともいえるでしょう。

シェアラウンジには「長野」と「旅」をテーマにした選書が並ぶほか、一般的な土産物店にはない新たな発見をもたらす地元商品や、旅情を想起させるトラベルグッズの物販棚を併設しています。利用者向けのスナックには、地域の老舗「軽井沢フランスベーカリー」や「根元 八幡屋礒五郎」の品々も用意されています。さらに、軽井沢の風景をテーマにしたアートや、この地とひもづいた作品の紹介・販売もあり、カルチャーコンテンツに強いCCCならではのアプローチも散見されます。旅の始まりにゆったりとくつろぎながら、この地の文化風土に触れられる趣向です。

「軽井沢に到着したら、旅の前にラウンジでこの地をテーマにした蔵書を読みながら準備を整えたり、旅の帰り際に少し仕事をして、疲れたら気分転換でお風呂に入って帰っていただいたりと、ゆったり自由に過ごしてくつろげる空間になっています。今後は長野県やしなの鉄道さんといった行政や地元企業ともさらに協力し、地域全体が盛り上がるような企画を一緒に手がけていきたいです」(今岡さん)

「シェアラウンジ周辺に並ぶ物品棚では、ほかのお土産屋さんにはない、お客さまに『こういうものもあったんだ』と言っていただけるような発見があるものを並べるようにしています」と今岡さん。

軽井沢T-SITE

住所:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字中谷地1178-1293
駐車場:あり(150台)
※駐車場はキャッシュレス専用です。現金はご利用いただけません。駐車料金など詳細は公式WEBサイトをご確認ください。
営業時間:8時~22時/SHARE LOUNGE 9時~22時
定休日:年中無休(不定休)
※店舗により営業時間・定休日が異なります。詳細は各店舗情報をご覧ください。
公式WEBサイト:https://store.tsite.jp/karuizawa/

軽井沢アンワイナリー:祈りの跡地に息づく、百年の夢の実り

軽井沢初のワイナリー「軽井沢アンワイナリー」について、河野さんは「黎明期にある軽井沢のワインツーリズムにおいて、『軽井沢アンワイナリー』はその核となる存在です。この地を舞台にブルゴーニュのようなワイン街道が展開されれば、ワインづくりの文化を楽しみながら過ごすという軽井沢の風土に触れる旅が実現します」と期待を寄せます。

軽井沢アンワイナリー。

浅間山を一望する大日向の地にたたずみ、今なお頂に十字架を冠するこのワイナリーは、戦後、満州からの開拓団を支えるため宣教師が開いた「旧大日向教会・聖ヨゼフ保育園」の跡地を活用しています。「軽井沢アンワイナリー」を運営する「ひなたのテラス」代表・松村清美さんは、かつて息子たちが通ったこの建物を、2023年に夫婦で醸造所として再生させました。現在は醸造所の見学なども楽しめる(要事前連絡)ほか、農業体験などを通じて土地と関わる豊かな時間が提供されています。

そもそも、軽井沢は明治初期に実業家・雨宮敬次郎がワイン用ブドウの栽培に挑戦したものの、冬の寒さで全滅し失敗したという歴史があります。ワインづくりに着手してからその歴史を知った松村夫妻は、その意思を現代へと受け継ぐこととなりました。2026年には、伝統的なシャンパーニュ製法で仕込まれたスパークリングワイン「アンの泡 ブラン・ド・ノワール2023」が国際的な品評会「サクラアワード2026」で最高賞に輝くなど、土地の秘めたる可能性を世界に証明しています。松村さんは、この地でのワインづくりについて次のように話します。

37カ国、3,715近いアイテムがしのぎを削る国際的な品評会「サクラアワード2026」で最高賞「ダイアモンドトロフィー」に選ばれたスパークリングワイン「アンの泡 ブラン・ド・ノワール」。750ml、4,400円(税込み/参考価格)。

「かつて寒さでワイン用ブドウが育たなかった軽井沢も、温暖化の影響で果実が実る産地へと変わりつつあります。教会とワインは歴史的にも関係が深く、この冷涼な環境で自然に熟成できています。今後、軽井沢が新たなワイン用ブドウの適地へと変わっていく可能性を感じています。今夏には、併設する宿泊施設の開業を予定していて、軽井沢に滞在しながらワインに触れ、栽培体験などを通じて土に触ることで、心身をリフレッシュする“リトリート”の時間を届けていきたいです」(松村さん)

2001年にこの地に移住したという、アンワイナリー代表の松村清美さん。愛犬のミントはマスコット的存在。
季節や作業状況によって異なるが、ワイナリー内を見学することもできる。醸造の様子や発泡酒のシードルをつくる機械などが並ぶ。
ショップの裏側はワインの貯蔵庫(カーヴ)となっている。ショップでは購入することも可能。

軽井沢アンワイナリー

住所:長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉5670-1
駐車場:あり
営業日:土曜、日曜
営業時間:12時〜16時(3月~12月)
※1月~2月は冬季限定営業。
公式WEBサイト:https://hinatanoterrace.com

旧三笠ホテル:森に眠る「軽井沢の鹿鳴館」

1906年(明治39年)、日本郵船や明治製菓の重役を務めた実業家・山本直良によって創業された「旧三笠ホテル」は、日本の卓越した職人技と西洋の様式美を見事に融合させた純西洋式木造ホテルとして、国内でも極めて古い歴史を誇る国の重要文化財です。経年劣化に伴い、長期にわたる大規模な保存修理および耐震補強工事が行われ、2025年10月、5年半ぶりとなるリニューアルオープンを迎えました。

「旧三笠ホテルは、軽井沢における文化の象徴であり、『軽井沢の鹿鳴館』といわれた場所です。もともと軽井沢は明治初期にカナダ生まれの宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーが避暑地として見出したのち、日本の政・財界人が『欧米に追いつけ追い越せ』と、食やテニス、ゴルフなどの欧風文化をいち早く取り入れて発展してきました。そして、その文脈は今なおこの地に根付いています」(河野さん)

一般的な地方都市とは一線を画し、当時のハイカラな文化が現在も色濃く残されていることこそが、軽井沢の面白さです。その象徴たる旧三笠ホテルは全室に暖炉をしつらえ、電灯によるシャンデリア照明、英国製タイルを張った水洗便所、そして英国製カーペットが敷き詰められるなど、足を踏み入れただけでも当時の息遣いが聞こえてくるかのようです。

重要文化財 旧三笠ホテル。
2020年から約5年かけての保存修理工事によって、天然石のスレート葺や、かつて存在していた車寄せを復元させたことで、当時の面影を蘇らせた。

館内を巡ると、「軽井沢の歴史」や三笠ホテルの変遷を紹介したパネルが展示されており、明治から激動の時代とともにあった歴史の奥行きを知ることができます。また、ミュージアムショップやレトロ衣装体験のほか、カフェでビーフカレーやアップルパイに舌鼓を打ちながら、当時の華やかな社交界に思いを馳せるのも一興です。

この地が数多くの名士を惹きつけた欧風文化や社交の熱量を、静かに現代へと伝える「旧三笠ホテル」。その文脈は、形を変えて現代のラグジュアリーな滞在型リゾートの思想へと見事に接続されています。

館内では写真展といったイベント、さまざまな撮影用途での利用や貸室なども可能で、ロケーションとしての人気も高い。
建築家・岡田時太郎が設計した木造純西洋式のホテルには、さまざまな様式が取り入れられている。写真は当時の雰囲気を残した2階へ続く階段。

重要文化財 旧三笠ホテル

住所:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢1339-342
駐車場:あり(乗用車25台)
開館時間:9時〜17時(最終入館は16時30分まで)
休館日:水曜日、年末年始(12月28日~1月3日)
※休館日が祝祭日の場合はその後の最初の平日
※7月15日~10月31日は無休
入館料:一般(高校生以上) 1,000円/小学生または中学生 500円
※軽井沢町民の方は各入館料が半額となります。
公式WEBサイト:https://kyu-mikasa-hotel.jp

美食の街道、広域リゾートの未来

ここまで“滞在型リゾート”へと変貌を遂げる軽井沢のスポットを紹介してきましたが、この地を起点とした文化はさらにその先にまで広がり始めています。ひとたびクルマを西へと走らせれば、息を呑むような高原のパノラマロード「浅間サンライン」がさらなる旅路へと誘います。

「浅間サンラインは右手に雄大な浅間山を望みながら、ずっと西へと伸びていくなめらかで気持ちいいドライブルートです。天気がよければ、富士山の見える場所もあります。

近年、浅間サンラインの周辺には、小諸のワイナリー複合施設『スタラス小諸』や、御代田のウイスキー蒸留所跡を継いだ『MMoP(モップ)』、2026年春にはフィンランド発のコーヒー店が加わるなど、最先端のフードコンテンツが交差する非常に面白いエリアとなっています。さらに周囲には精緻なチーズやウイスキー、こだわりのパンを提供するお店が点在するほか、東御市を中心に、ワイン用ブドウやリンゴ、ブルーベリーといったフルーツ栽培に適した豊かなロケーションが広がっています。

私たちは軽井沢をハブに、美食や美酒がすべて揃うこのエリアを巡る『広域ガストロノミーツーリズム』の確立を目指し、今後もその魅力を広く伝えていきます」(河野さん)

軽井沢トラベル&コンサルティング 代表の河野 岳さん
フランス留学と旅行業での経験を経て軽井沢に移住。現地発の着地型観光を軸に、地域の文化や人と深く関わる滞在型ツーリズムを実践する。ウェルネスリゾートとしての軽井沢の価値を発信しつづけている。
公式WEBサイト:https://www.karuizawa-travel.com

軽井沢でみられるこうした動きは、土地の思想や風土に深く浸り、心身を整える“滞在型”の時間の過ごし方への確かな転換の表れです。浅間山が育む水と土、そして歴史が織りなす広大な美食の輪郭は、未来の日本のリゾートのあるべき姿を、今、鮮やかに照らし出しています。

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