海とくらす京都の原風景へ(前編)海の絶景と生きる伊根の舟屋の生活文化を訪ねて

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京都縦貫自動車道の峻厳な山間を駆け抜けた先に現れるのは、まるで湖のように穏やかな伊根湾と、海とともに生きる人びとのくらしが息づく「舟屋」の風景。
今回は、地元のくらしを深く愛する案内人の声に耳を傾けながら、地域の未来を開くポータルとしてのカフェ、そして丹後半島の奥座敷にたたずむ名宿をご紹介。海とともに育まれた文化に触れ、心身を整える旅へとでかけます。

Text:Michi Sugawara
Photo:Masahiro Miki
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

峻厳な山間を抜けて、目指すは「海の京都」

名神高速道路や京都市街地から京都縦貫自動車道へとクルマを進めると、都会の喧噪は瞬く間にバックミラーの彼方へと遠ざかっていきます。アクセルを踏み込むほどに深まっていくのは、京都のもうひとつの顔を象徴する峻厳な山々の緑。山間を縫うように京都縦貫自動車道を走ると、眼前に広がる緑のグラデーションと心地よい加速感が、ドライバーに走る歓びをダイレクトに伝えてくれます。

このドライブルートのたのしみは、ただ駆け抜ける爽快感だけにとどまりません。ふらりと滑り込ませたパーキングエリアや道の駅では、朝露をまとったみずみずしい採れたて野菜や、五感を刺激する芳醇な特産品が並ぶマルシェが出迎えてくれます。

驚くべきは、こうした何気ない休息のひとときにも、はるか古代から続く歴史の鼓動が潜んでいる点です。実は、京都の市街地から丹波を経て丹後へと至るこの道筋全体が、かつて大陸からの最先端文化を受け入れ、独自の信仰を花開かせた歴史の表舞台。車窓に流れる里山の景色一つひとつが、古の旅人たちも眺めた由緒ある物語の一片なのです。

京都縦貫自動車道から直結する山陰近畿自動車道の与謝天橋立I.C.を下り、国道176号から国道178号へ。山並みの切れ間から一気に視界が開け、飛び込んでくるのは圧倒的なスケールで広がる日本海の紺碧

日本三景のひとつである天橋立の松並木を横目に、潮風を感じながら海岸線を北上すると、世界でも類を見ない海辺の風景が広がる伊根の町へとたどり着きます。

海と陸の境界を生きる、世界的にも珍しい「舟屋」

伊根湾に到着した瞬間、目の前には約5キロメートルにわたる海岸線に沿って、約230棟の舟屋が立ち並ぶ風景が広がります。

舟屋は、1階が船の格納庫や作業場、2階が二次的な居室という、海と陸の境界に建てられた独特の木造建築です。

海岸線に沿って舟屋が連なる伊根浦。波静かな湾内には養殖いかだも浮かび、ブリや岩牡蠣の養殖が行われている。
舟屋のなかから穏やかな伊根湾を望む。潮風が心地よく通り抜ける空間の先に、静かな海面が広がる。

この稀有な木造建築群が流失や倒壊を免れ、現代まで受け継がれた背景には、伊根湾が持つ地勢があります。湾は三方を山に囲まれ、湾口には青島が天然の防波堤のように浮かびます。湾内の水深は約25メートルと深く、年間の干満差はわずか数十センチメートルほど。強い大波や高潮の被害を受けにくいこの穏やかな海の環境があったからこそ、水際ギリギリに立つ繊細な舟屋が壊れることなく保たれ、海とともにある独自の生活様式を何世代にもわたって継承することができたのです。

こうした環境のなかで育まれた舟屋群は、2005年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

「この地域では昔から、山側に『母屋』、道路を隔てて海側に『蔵』と『舟屋』がセットになって一軒の家を構成し、日々のくらしを営んできました」

そう語るのは、伊根の文化を訪れる人びとに伝える伊根浦散策案内人・八木鈴子さんです。

往時の面影を残す山側の母屋。何世代にもわたり受け継がれてきたくらしの歴史を感じさせる。
伊根の生活文化を伝える伊根浦散策案内人の八木鈴子さん。

「舟屋のなかには建物はひとつでも船が二艘入り、二階の部屋も中央から分かれている『二軒舟屋』があります。兄弟や親方と子方が共有していたのでしょう。限られた土地の中で誰もが舟屋を持ち、海とともに生きるための先人たちの知恵が受け継がれています」

舟屋の内部に入ると、潮風と波の音が通り抜ける空間のなかに、太い梁や桁が力強く架けられているのが見えます。

八木さんによれば、かつては伊根湾を囲む山林から切り出した椎の木が使われていたそうで、椎は塩害に強く、古くから漁師たちの建物を支えてきました。

二棟舟屋に格納された催事で使用する木造船。

また、現在の整然とした街並みは昭和初期の道路整備事業によって形づくられました。山側の母屋を残したまま、海側を埋め立てて舟屋群を移設。その後の昭和20年代のブリ漁による好景気によって、多くの舟屋が現在の姿へと建て替えられました。

屋根には大漁と海上安全を祈る蛭子様の飾り瓦が据えられ、壁面には左官職人による鏝絵(こてえ)と、漁師たちの誇りや遊び心が建築の随所に表れています。

こうした情緒ある風景は、映画『男はつらいよ』、『釣りバカ日誌』、NHK連続テレビ小説『ええにょぼ』といった映像作品のなかにも息づいています。

山側に母屋、海側に蔵と舟屋を配する街並み。昭和初期には道路整備も進んだ。
街中に散見される大漁と海上安全を祈る蛭子様の飾り瓦。

一方で、時代の変化とともに生業のかたちも変わりました。現在、多くの漁師たちは伊根浦漁業株式会社に所属し、湾外の大型定置網を共同で管理する形式に。

近年では、伝統的な外観を守りながら内部を快適な宿泊施設へ改修した「舟屋宿」も増え、かつての民宿文化は土地の物語を伝える新しい滞在のかたちへと変化しつつあります。

伊根町観光協会(観光案内所)

住所:京都府与謝郡伊根町字平田491
営業時間:9時~17時
定休日:年中無休(年末年始を除く)

INE CAFE:伊根の起点となるにぎわいの中心地

伊根地区でも高い人気を集めるのが、2017年4月に開業した観光交流施設「舟屋日和」の一角にある「INE CAFE」です。

海に向かって開かれた大きな窓の先には、エメラルドグリーンの伊根湾。海に張り出した約50席の空間で、ゆったりとした時間を過ごす人も多くいます。

平日でも200個以上を販売する手作りチーズケーキをはじめ、地元のイチゴや丹後産の抹茶を使ったスイーツが旅に彩りを添えます。

海を間近に望む「INE CAFE」。大きな窓の向こうには穏やかな伊根湾が広がる。
丁寧に淹れられたカフェラテと手作りスイーツ。地元食材を取り入れたメニューが人気を集める。

舟屋日和には、地魚を味わえる「海宮」や宿泊施設「あおしま」も併設されており、伊根の食と滞在を楽しむ拠点といったところ。

この施設を立ち上げたのが、舟屋日和代表の三野成彦さんです。

「僕たちが事業構想を始めた15年ほど前、伊根は本当に観光客が少なく、昼間でも閑散としていました」

三野さんは当時を振り返ります。

「観光客が休める場所もなく、地元の人びとが集まる場所もありませんでした。若者たちは仕事を求めて町を離れていく。そんな状況を変えたいと思ったのです。

観光客がゆっくり過ごせる場所、地元の人が集える場所、若い世代が誇りを持って働ける場所。その三つを同時に実現したいと考えました」

オープン前は経営していけるか不安視する声もありましたが、オープン後は予想を大きく上回る来訪者を集めます。

現在では近隣地域からの雇用に加え、外国人スタッフの採用も進み、地域経済を支える存在となっています。

「伊根を写真を撮って帰るだけの通過点にはしたくありません。ここでゆっくり滞在し、この土地の風土や時間を味わっていただきたい。その積み重ねが地域の未来につながると考えています」

「舟屋日和」代表の三野成彦さん。
海に張り出したテラスでは、波の音を聞きながらゆったりとした時間を過ごせる。

INE CAFE

住所:京都府与謝郡伊根町字平田593-1
駐車場:なし
営業時間:平日10時30分~17時(ラストオーダー16時30分)、土日祝10時30分~17時30分(ラストオーダー17時)
※混雑状況により変更の場合がございます。
定休日:水曜日(INE日和に形態をかえて営業)
公式WEBサイト:https://funayabiyori.com/

INE CAFÉとともに「舟屋日和」を構成する割烹「海宮」。伊根の海の幸を存分に味わえる。

鮨割烹 海宮(わだつみ)

住所:京都府与謝郡伊根町字平田593-1(舟屋日和内)
駐車場:なし
営業時間:11時30分~14時30分(ラストオーダー14時)、17時~20時30分(ラストオーダー20時)※最終入店は19時。季節により営業時間が変更になる可能性あり。
定休日:水曜日(営業日は変更となる場合あり)
※住所はINE CAFEと同じ「舟屋日和」内です。
公式WEBサイト:https://funayabiyori.com/

間人温泉 炭平:丹後半島の「奥座敷」で受けるおもてなし

伊根の町から丹後半島をさらに西へ。リアス海岸が織りなす起伏に富んだ海岸線と、日本海の雄大な景色を楽しみながらクルマを走らせると、山と海に抱かれた静かな漁師町・間人(たいざ)へとたどり着きます。

この地にたたずむのが、1868年(明治元年)創業、京丹後を代表する老舗旅館「間人温泉 炭平」です。

全客室が日本海を望むオーシャンビューで、刻々と表情を変える海と空のグラデーションが、ドライブで高揚した心をゆるやかに解きほぐしてくれます。

趣の異なる六つの貸切風呂、350冊以上の蔵書を備えたライブラリーラウンジ、豊富なドリンクサービスなど、滞在そのものを楽しむための趣向も豊富。

「天橋立や伊根を含む『海の京都』エリアのなかで、京丹後市、とりわけ間人という土地は、まだ一般には十分知られていません。だからこそ私たちは、単なる宿泊施設ではなく、この土地の自然や文化、歴史や食の魅力を体験できる場所でありたいと考えています」

そう語るのは、「間人温泉 炭平」支配人の大塚篤志さんです。

「ここでしか味わえない時間や空間を提供しながら、地域全体の価値を高め、丹後半島の“奥座敷”としての役割を果たしていきたいと思っています」

オーシャンビューの客室からは日本海の雄大な景色を一望できる。写真は城島別邸客室のひとつ。
趣の異なる貸切風呂のひとつ。海を感じながら静かな湯浴みを楽しめる。
「間人温泉 炭平」支配人の大塚篤志さん。

2025年8月には、宿の近くに浮かぶ無人島「城島」に、わずか二棟のみのプライベートヴィラ『間人間倶楽部(たいざあわいくらぶ)城島別邸』をオープン。150年以上にわたる歴史を受け継ぎながら、新たな滞在価値の創造にも取り組んでいます。

「大工の棟梁だった初代当主・下田平吉が仲間たちをもてなした『一心に相手のことを考え尽くす』という精神は、現在も私たちの行動指針です。

スタッフ一人ひとりが丁寧に心を配り、お客さまそれぞれの思い出づくりをお手伝いする。それが炭平のおもてなしです」

冬には間人伝統の活蟹料理に舌鼓を打ち、静かな波音に耳を傾けながら過ごす夜。ゆったりとした時間の流れのなかで、旅の疲れはゆるやかにほどけていきます。

宿の代名詞でもある活蟹料理。冬の間人を代表する味覚として知られる。
地元漁港から届く新鮮な海の幸を盛り込んだ料理。
明治元年創業の「間人温泉 炭平」。全室オーシャンビューの客室から日本海の絶景を望む。

【間人温泉 炭平】

住所:京都府京丹後市丹後町間人3718
駐車場:あり


伊根から間人へ――。

海とともに育まれたくらしや文化に触れながら丹後半島を巡る旅は、単なる観光ではなく、この土地に流れる時間そのものを味わう体験です。

舟屋の風景に宿る人びとの知恵、地域に新たな賑わいを生み出すカフェ、そして150年以上の歴史を受け継ぐ宿のおもてなし。

海とともに生きる「海の京都」の原風景は、訪れる人の心に静かな余韻を残してくれるはずです。


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