Harmony 2016年1/2月号
日本ドライブ紀行 柳井〜広島

瀬戸内の世界遺産と旬を味わう

文・道添 進 写真・エディ オオムラ

白壁美しい柳井の町から“瀬戸内のハワイ”周防大島を通って岩国へ。そして海を渡り、神棲まう島、宮島に滞在。世界遺産を堪能したら、今が最旬の牡蠣料理でお腹も満たし広島市へ。行く先々で“奇跡”に出合う、瀬戸内北上旅。


アクセス
山陽自動車道・玖珂I.C.から湘江庵までは約15km/約20分。湘江庵から周防大島に渡る大島大橋までは約8km/約15分。大島大橋からレストラン バナナビーチまでは約32km/約40分。レストラン バナナビーチから錦帯橋までは約52km/約70分。この間を通る国道188号は、瀬戸内の島嶼風景を右手に行く、本ルート内屈指のシーサイドドライブコースだ。錦帯橋から嚴島神社へは、フェリー利用を含め約27km/約80分。フェリー乗り場のある宮島口から広島市内までは約21km/約30分。
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白壁美しい柳井の町から “瀬戸内のハワイ” 周防(すおう)大島を周遊し、歴史ある逸話に心寄せる岩国へ。そして海を渡り、神棲まう島、宮島に滞在。嚴島(いつくしま)神社や弥山(みせん)と世界遺産を堪能したら、今が最旬の牡蠣料理でお腹も満たし広島市へ。行く先々で“奇跡”に出合う、瀬戸内北上旅。

Harmony 2016年1/2月号より

柳井 ── 周防大島

アロハ気分漂う島を周遊

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瀬戸内の始まりを告げるように、大小無数の島影が浮かぶ柳井の沖合。国道188号をゆっくり東へ行くと、最初の奇跡は突然、海の上に現れる。瀬戸内で3番目に大きな周防大島、別名、屋代島だ。ここは“瀬戸内のハワイ”とも呼ばれている。一見ミスマッチなとりあわせの由来を、「日本ハワイ移民資料館」館長の木元眞琴さんが謎解きしてくれた。「この島からハワイへ4000人近くが移民として渡っていったんです」。明治政府とハワイ王国のカラカウア王との間で約束されたサトウキビプランテーションの労働契約。当時、外務卿(外務大臣)をしていた井上馨が長州の出だったこともあり、この島からの応募が多かったという。

そんな背景があって1963(昭和38)年、ハワイ諸島のひとつカウアイ島と姉妹縁組みが実現した。以来、日系の人びとがルーツ探しに訪問するようになり、奇跡の対面や再会がいくつも実現しているという。

そんなエピソードを聞いて島をドライブすると、不思議なことが起こる。山の雰囲気や澄んだ海が、どことなくカウアイ島に似ているように思えてくるのだ。

「島を挙げてハワイの雰囲気で盛り上げているからでしょう」と、語るのは、ホテル「サンシャイン サザンセト」の「レストラン バナナビーチ」料飲マネジャー、嶺潤一郎さんだ。ここでは、ハワイ料理を美味しくアレンジしたシーフードが味わえる。夏の間は、サタデーフラのショーも人気だ。

特産品を使った料理では、太刀魚の鏡盛りが有名だ。「西の鉄砲、東の刀、という触れ込みです」と、「千鳥別館 粟屋」の土崎仁士料理長。いささか、ぶっそうなキャッチフレーズだが、ふぐのてっさよろしく盛りつけられた新鮮な太刀魚は、鉄砲にもまさる美味だ。

周防大島内の飯の山展望台から、瀬戸内海に架かる大島大橋を望む。

岩国

藩政時代の名橋と名物小咄

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周防大島から岩国までの国道188号は、絵に描いたような瀬戸内ドライブコースが続く。ここらで気分を変えて、江戸時代への寄り道をしたい。

かつての武家屋敷と城下をつなぐ錦帯橋は、岩国藩の3代藩主・吉川広嘉(きっかわひろよし)が建設したという。その美しい姿は古今、たくさんの人を惹きつけてきた。中でも篤姫は、薩摩藩から将軍家に輿入れする際、わざわざ山陽道をそれて渡りにきたそうだ。他国の姫君はご遠慮願いたいと渋ったが、篤姫は「渡りたいのじゃ!」と譲らず、門番がお城にお伺いをたてにいった間にさっさと渡ってしまった。いかにも篤姫らしいエピソードだが、誰もが渡りたくなる奇跡のアーチだったのだろう。

錦帯橋は渡るだけではもったいない。ぜひ河原におりて下からのぞいてみたい。橋の精緻な木組みがよくわかるし、さらにもうひとつの発見があるのだ。アーチの背後に見える横山をあおげば、そこにはぽつんとたたずむ天守閣。南蛮風山城の岩国城は近年、移築復元されたものだそうだが、この城をめぐって、名物料理が誕生したという。

「元祖岩国寿司の宿 三原家」8代目当主の戸崎敏雄さんに、寿司の縁起を聞いた。お城で美味しいものを食べたいという吉川のお殿さまの命を受けた初代三原家。険しい山道を担いであがっても崩れず、保存が利くものにしようと、思いついたのが岩国寿司だった。

ところがこのご馳走、お殿さまに献上する際に難問を解決しなくてはならなかった。「ちらし寿司を固めたようなものですからね。木枠はちょっとやそっとじゃ抜けるものじゃありません」と、戸崎さん。仮にも藩主に献上する料理だが、三原家のご先祖は、もう、打ち首覚悟で思い切り天板を踏んづけて側板を外したという。吉川公はたいそう気に入り、以後、“殿さま寿司”などとも言われている。岩国はそんないにしえ談義の尽きない土地柄だ。

5連アーチ型の錦帯橋。度重なる架け替えを経て、威容を今に伝えている。