モータースポーツが鍛え上げたクルマの進化と熱きドラマ富士モータースポーツミュージアムで極限の軌跡をたどる旅

Car

富士スピードウェイに隣接する富士モータースポーツミュージアムは、世界初となるメーカーの枠を越えたモータースポーツ専門ミュージアム。約130年にわたるレースの歴史を約40台の名車とともにたどり、極限の挑戦が生んだ技術と情熱を体感することができます。

Text:Koji Ozawa
Photo:Masahiro Miki
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

静岡県小山町、富士スピードウェイに隣接する富士スピードウェイホテルと共に2022年に誕生した「富士モータースポーツミュージアム」。国内外の自動車メーカー10社の連携による常設展示は、モータースポーツミュージアムとしては世界初の画期的な試みです。

モータースポーツの歴史は19世紀末、フランスで開催された自動車レースで、蒸気、電気、ガソリンエンジンという異なる動力源のクルマが技術的優位性を競い合ったことから始まりました。以来およそ130年にわたり、クルマの性能や耐久性の極限を求めるレースは、人びとに夢や憧れをもたらすとともに、極限で培われた技術を量産車開発へと反映させ、モビリティの進化に大きく貢献してきました。

ミュージアムのミッションは、「クルマづくり」にモータースポーツが果たした役割という視点からその系譜を紐解くこと。レースの熱気の背景にある「クルマを鍛える場」としての魅力と意義を、約40台の体系的な展示を通じて伝えています。また、富士スピードウェイホテルと一体となって「富士モータースポーツフォレスト」の一翼を担い、モータースポーツ文化の醸成や地域への貢献を目指す、新たな情報発信拠点となっています。

モータースポーツがクルマを鍛える。このミュージアムのコンセプトはこの言葉に集約されている。

ミュージアム1階――自動車誕生の黎明期と、メーカー創業者たちの挑戦

展示は、130年以上前の自動車の黎明期から始まります。ここには、量産車メーカーの創業者がレース車両開発にかけた熱い想いが詰まっています。

レース界は最初から「マルチパスウェイ(多様な動力源)」だった

■パナール・エ・ルバッソール Type B2(1899年・フランス)
世界初の自動車レース「パリ~ボルドー~パリ(1895年)」開催後の1899年に作られた一台。当時はガソリン車だけでなく蒸気や電気自動車も覇権を争っており、現在の「マルチパスウェイ」の概念がこの時代からすでに存在していたことを教えてくれます。

前輪ブレーキの必要性をグランプリで証明

■サンビーム・グランプリ(1922年・イギリス)
フランス、ストラスブール・グランプリ参戦用に4台製造され、全車が現存している極めて価値の高い一台です。現代のクルマでは当たり前の「DOHC(ダブル・オーバーヘッド・カムシャフト)4バルブエンジン」をいち早く搭載。さらに、馬車時代の「前輪ブレーキは操舵の妨げになるので危険」という常識を覆し、フロントブレーキを搭載することで、制動距離を短縮し、結果的に速く走れることを証明しました。

ポルシェが手がけたハイブリッドの原点となったEV

■ローナー・ポルシェ(1/4スケール模型)
ポルシェの創業者フェルディナント・ポルシェ博士が設計し、自らレースに参加した車両で、これは「電気自動車」。実車は現存しないため、ポルシェ・ミュージアム監修により1/4模型を富士モータースポーツミュージアムが制作しました。ローナー・ポルシェは1900年のパリ万国博覧会に出品され、翌1901年にはハイブリッド車のローナー・ポルシェ・ミクステも作られました。

伝説のホンダ二輪GPマシン

■ホンダ RC162(1961年・日本)
250ccクラス参戦2年目でライダーズ&マニュファクチャラーズタイトルを制覇した伝説の二輪GPマシン。全11戦中、出場した10戦で全勝という圧倒的強さを誇り、天才ライダーのマイク・ヘイルウッド氏が5勝を挙げた実車が展示されています。

ホンダF1初のポールポジションを獲得

■ホンダ RA301(1968年・日本)
ホンダ第1期F1活動の集大成となるマシン。3リッターV型12気筒エンジンを搭載し、軽量化と高出力化を追求。ジョン・サーティースがイタリアGPでホンダ初のポールポジションを獲得するなど速さを示しましたが、未勝利のまま1968年シーズンを終え、同社の第1期F1活動は幕を閉じました。

喜一郎氏が関わった幻のレーシングカー

■トヨペット・レーサー(レプリカ・1951年・日本)
トヨタの創業者・豊田喜一郎氏が唯一関わったとされる幻のレース車。会社が存続の危機にあった労働争議の時代に、「欧米の技術に追いつくためにはオートレース参画による技術革新が必要だ」という喜一郎氏の執念で作られました。実車は現存していないため、トヨタの社内プロジェクト(若手社員の有志と熟練工)により復元された走行可能なレプリカです。

伝説の30度バンクを駆け上がれ!

■トヨタ7ターボ(レプリカ・1970年・日本)
1960年代、富士スピードウェイの「30度バンク」を駆け抜けた日本グランプリ時代のレース専用車トヨタ7。そしてトヨタ7ターボは、そのトヨタ7をベースに1970年の日本グランプリ制覇を目指して作られました。しかし、一度も公式レースに参加する機会がなかった、悲運のレーシングカーです。800馬力超を誇ったそのピュアな造形美がシンプルなホワイトカラーによって際立っています。ミュージアムでは、玉砂利の代わりに「無数のボルトとナット」が足元に敷き詰められ、アート作品のように展示されています。

ミュージアム2階――ラリー黄金時代とル・マン、F1の記憶

2階に上がるとラリー、ル・マン24時間レース、そしてF1といった、私たちが熱狂したモータースポーツの世界が広がります。

F1史に刻まれた6輪伝説

■ティレル P34(1976年・イギリス)
1976年に日本で初めて開催されたF1から半世紀を記念した特別企画展の主役。前代未聞の「6輪」という斬新なアイデアで世界に衝撃を与えましたが、専用の小径タイヤの開発が続かず短命に終わったというドラマをもつ一台です。

同じエリアには、雨の富士での「ニキ・ラウダとジェームス・ハントの死闘」をヘルメットの柄からレインタイヤまで忠実に再現した精巧なジオラマも展示されています。

ハントとラウダの世界王者を賭けた富士決戦のジオラマ展示。

世界が認めた日本車の耐久性

■日産ダットサン ブルーバード1300SS・410型(1966年・東アフリカ・サファリラリー クラス優勝車・日本)
ブルーバードの過酷なサファリラリーでのクラス優勝は、「日本車は壊れない」という耐久性の高さを世界に知らしめる決定的なできごととなりました。日産の実験部長兼チーム監督が、1966年の第14回東アフリカ・サファリラリーでクラス優勝を果たした際の激闘の記録はノンフィクション小説化され、後に石原裕次郎が主演を務めた映画『栄光への5000キロ』(1969年公開)にもなりました。

ラリーが鍛えた市販車のさきがけ

■トヨタ セリカ GT-FOUR ST185(1994年・日本)
ラリーカーの極限の要求が、市販車の開発に直接影響を与えた象徴。ベースとなったエボリューションモデル(GT-FOUR RC)では、ワイドタイヤ装着を考慮して前後フェンダーが拡幅され、フロントバンパーやボンネットフードの冷却口の細かな位置や大きさまで、レース現場の要求が反映されるなど、ホモロゲーションモデルとして生み出された本気のクルマづくりが息づいています。この展示車両は、1995年のサファリラリーで日本人ドライバーとして初優勝を果たした藤本吉郎氏から借用した実車で、ヨーロッパの専門業者によってレストアされたものです。

ラリー黄金時代の英雄

■スバル インプレッサ555カラー(1996年・日本)
1990年代のラリー黄金時代を席巻した伝説の一台。展示車両は、1996年のアクロポリスラリー(ギリシャ)で、コリン・マクレーが優勝したときの実車です。

ル・マン24時間レースを制したロータリーエンジン

■マツダ 787B(レプリカ・1991年・日本)
夜のル・マン24時間レースを再現した展示エリアでは、ヘッドランプが点灯状態に。24時間走り抜くための「ライトの進化(ハロゲンからHID(高輝度放電式ヘッドランプ)などへ)」もレースの産物であることがわかります。その中心にあるのが、日本車初、かつロータリーエンジンで唯一の総合優勝を果たした787B。指定の位置に立つと、12気筒相当といわれる4ローターエンジンの、突き抜けるような爆音を収録した臨場感あふれるサウンドが響き渡る仕掛けも用意されています。

伝説へつながる赤い系譜

■トヨタ TS020(1999年・日本、ドイツ)
現代のル・マン・ハイパーカーの先駆けともいえる、当時としては画期的なレースカーでした。片山右京、土屋圭市、鈴木利男の日本人トリオが乗り、惜しくも2位となった感動の一台。

レースが磨いた匠の技術

■トヨタ カムリ(NASCAR仕様、レプリカ・2008年・日本)
アメリカ独自のレース文化「NASCAR(全米ストックカー・オートレーシング協会)」のマシン。ほぼ共通のコンポーネントを使用するワンメイクに近いレースにおいて、いかに職人たちがノウハウを詰め込んでいるかを示すため、工芸品のように極限までピカピカに磨き上げられた「クランクシャフト」が傍らに展示されています。

空間と文化――レジェンドが集う大人のためのアートなミュージアム

富士スピードウェイホテルと完全に一体化した本ミュージアムは、フロアを壁で仕切らない贅沢な吹き抜け構造を採用し、ホテル滞在とモータースポーツの歴史が地続きになるような工夫が凝らされています。

「スペックやウンチクを詰め込みすぎない」「絶妙なタイミングで美しいソファが現れる」といった、引き算の美学による「上質で気持ちいい」展示デザインは、世界自動車博物館会議で来日した海外の博物館関係者たちに「自分たちの博物館がただのガレージに思える」と言わしめ、高く評価されました。

さらにここは、往年のレジェンドレーサーたちの「憩いの場」にもなっています。これまで、レーサーが自身の家族を連れて行くような場所は日本にあまりありませんでしたが、ここでは日本の有名レーサーがご家族を連れてふらりと訪れ、展示車の前で「実は昔これに乗っていたんだよ」と語り合う姿が見られるといいます。

往年のレジェンドレーサーたちが立ち寄った際に書き残したサインの数々。

「当館はお正月も含め、365日いつでもホテルにてお客さまをお迎えするため原則年中無休で営業しています。最大の特徴は、富士スピードウェイホテルと完全に一体化していること。ホテルにご宿泊のお客さまは、営業時間中であればいつでもお気軽にミュージアムへ入館できる仕組みになっており(宿泊プランとセットでお得に楽しめます)、貸切イベントなどでは1階の壁を取り払ってホテルのバンケットルームとつなげ、カクテルを片手に名車を眺めながらパーティーを楽しむことも可能です」(富士モータースポーツミュージアム 館長 布垣直昭氏)

知識を詰め込むのではなく、感情を揺さぶられる新しい形のアート空間として、クルマ好きならずとも一度は訪れたい特別な目的地です。

富士モータースポーツミュージアムが併設されている富士スピードウェイホテルの外観。
館内にはショップやカフェも併設。富士スピードウェイを望む絶好のロケーションで、サーキットを駆け抜けるマシンの走りも眺められることもあります。

富士モータースポーツミュージアム

住所:静岡県駿東郡小山町大御神645
駐車場:あり(無料・富士スピードウェイホテルと共用)
開館時間:10時~17時
※開館時間は曜日により変更されます。
※日によって開館・閉館時刻が異なるため、来館前に公式サイトの営業カレンダーをご確認ください(最終入館受け付けは各日閉館30分前)。
休館日:年中無休
※年末年始も営業。イベント開催などで臨時休館する場合がございます。
入館料(窓口):大人(18歳以上) 平日1,800円/土日祝2,000円 高校生 平日900円/土日祝1,000円 小・中学生 平日700円/土日祝800円 未就学児 無料(すべて税込み)
※オンライン予約・団体予約料金あり
※当日受付にてTS CUBIC CARDをご提示いただくと、窓口購入金額より大人200円引き、小中高生100円引きの割引料金にてご入館いただけます。(TS CUBIC CARD1枚につき6名さままで。他割引との併用不可。)
ガイドツアー:毎日11時/15時開催(約45分・日本語のみ)
※参加無料(別途入館料必要)
公式WEBサイト:https://fuji-motorsports-museum.jp/

※展示車両・展示内容は変更される場合があります。最新情報は公式WEBサイトをご確認ください。

Access to Harmony Digital アクセス方法

MYページから、デジタルブック全文や、
TS CUBIC CARDゴールド会員さま、有料購読者さま限定コンテンツをご覧いただけます。

TS CUBIC CARD TS CUBIC CARD ゴールド個人会員さまMY TS3 ログインはこちら

※本サービスのご利用は、個人ゴールド会員さまとなります。
※一部対象外のカードがございます。

TS CUBIC CARD ゴールド法人会員さま有料購読会員さまENEOSカードPゴールド会員さまの認証はこちら

MY TS CUBICにログイン後、トップページの「あなたへのおすすめ」エリアに掲載されている
「Harmony DIGITAL」バナーをクリックしてください。

※バナーイメージ