富士ドライブ旅Vol.03/富士山の“霊水”と“大地”を巡る忍野八海とRECAMP 富士スピードウェイで触れる、自然の静寂

北口本宮冨士浅間神社、青木ヶ原樹海、白糸の滝、大淵笹場――。これまでの旅で、富士山という存在が、信仰、自然、そして人の営みといかに深く結びついてきたかを見てきました。富士山信仰の聖地、そして景勝地として世界から熱視線を集める「忍野八海」と、霊峰を間近に臨む大地で自然との一体感を味わえる「RECAMP 富士スピードウェイ」を訪れます。
Text:Michi Sugawara
Photo:Masahiro Miki
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

脇阪寿一氏からひとこと
今や世界から熱視線を集める日本有数の景勝地「忍野八海」を巡り、日本人が育んできた信仰の心に触れてみましょう。そのあとは、サーキットの中につくられたアウトドア施設「RECAMP 富士スピードウェイ」を訪れ、火を囲み仲間や家族と語らいのひとときを。
忍野八海
海外旅行客を惹きつける神秘の湧水
富士山の麓に広がる数々の景勝地の中でも、近年、特に世界から熱い視線が注がれている場所のひとつが山梨県忍野村にある「忍野八海」です。「忍野八海」とは富士山の伏流水が生み出した8つの神秘的な湧水池の総称であり、国の天然記念物、世界文化遺産「富士山」の構成資産とされています。SNSなどで取り上げられることも多く、山梨県のインバウンド人気No.1スポットとも。平日の日中でも、中心部の「湧池」周辺は茅葺屋根の水車小屋や雄大な富士山といった日本の原風景を写真に収めようと、海外からの観光客で絶えずにぎわいを見せています。
なぜこれほどまでに人気なのか、取材班は混雑を承知でその理由を求めて現地を訪ねました。本文後半では、比較的混みにくい穴場スポットもご紹介します。
かつて忍野八海の一帯は、「忍野湖」と呼ばれる大きな湖でした。約一万年前、富士山から噴出した梨ケ原溶岩流がこの地域に広がり、川をせき止めて湖ができたといわれています。その後、長い年月をかけて富士山の裾野と御坂山系の谷が水の流れによって削られ、桂川によって湖の水が排出されました。湖は消滅しましたが、富士山の伏流水を水源とする湧水池がいくつか残されました。
その代表的な湧水池が、現在の忍野八海です。富士山に降った雪や雨が、地下の溶岩層という天然のフィルターを何十年もかけて通り抜け、清らかでミネラル豊富な伏流水となって湧き出しています。「ふるさと忍野案内人」の日西修さんによると、八海の水は弱アルカリ性で植物の生育に適しており、池の中や周辺に見られる水草「セキショウモ」が、水の透明度をさらに高める役割を果たしているそうです。

地下でつながった透明度抜群の忍野八海は訪れる人びとを魅了してやまず、夏に白い花をつけるバイカモや苔を背景にニジマスやコバルトマスといった色とりどりのマス、イワナにヤマメが泳ぐ姿に目を奪われます。特に、湧水量が豊富な「お釜池」、かつての悲恋譚から現在では縁結びの池とされる「銚子池」、そして忍野八海の中心に位置する「湧池」では、透き通った水底の美しい景観を楽しめます。


この神秘的な湧水池群は、富士山信仰と深く結びついています。江戸時代に大流行した民衆信仰「富士講」の信者たちは、富士登拝を行う前に、この八つの池を巡って心身を清める「水行」を行いました。そのため、信者たちはこの地を富士登拝の起点となる巡礼地「元八海」として重要な聖地と見なし、八海それぞれを霊場と呼び、入山前の禊の場としていたのです。
また、各霊場には法華経の教えに基づいた「八大竜王」が祀られており、一つひとつの池が信仰の対象となっています。「菖蒲池」では優鉢羅竜王(うはつらりゅうおう)と「あやめ草 名におふ池ハ くもりなき さつきの鏡 みるここちせり」と刻まれた石碑といったように、各池には富士講の一派である大我講によって建てられた竜王名と和歌を刻んだ石碑が残されており、当時の熱心な信仰の様子を今に伝えています。
「もともと忍野八海と定められる以前、江戸時代のこの地は当時、天保の大飢饉に窮していました。この苦境に対応するため、名主であった大寄友右衛門が忍野を訪れると、そこには富士の湧き水を湛える見事な池があり、ここを富士講の禊の場とすれば人が集まって豊かになるはずと、自分たちで石碑などを整備したのです。いわば、村興しとして、忍野八海を定めました。
ですから、この8つの池を人の手で守りながら、次の世代に受け継いでいくということが一番重要なことだと感じています。私自身、ふるさと忍野案内人として観光用資料の作成や、忍野の歴史調査を通じて、忍野八海に携わっています」(日西氏)

「湧池」の近くにはほかにも、かつて同地を治めていた庄屋宅を活用した「榛の木林民俗資料館」に隣接する「底抜池」、透明度を保ちながらも伝説からその名がついた「濁池」、条件が整えば水面に富士山がくっきりと映り込む逆さ富士の名所として知られる「鏡池」など、八海それぞれに由来となる伝説があり、景観の美しさだけでなく、ナラティブに満ちた場所でもあるのです。

そして、中心地から15分ほど歩くと、八海の中で一番大きな「出口池」が富士の湧水を湛えています。周囲の喧噪は少なく、静寂に包まれた森の中にたたずむ姿は、古来の霊場の雰囲気を色濃く残しています。忍野八海は北斗七星になぞらえられることもあり、少し離れたところに位置する「出口池」は北極星を意味するそうです。
一つひとつの池を巡ることで、単なる見た目の美しさだけでなく、そこに込められた人びとの祈りや物語に全身で触れることができます。多くの人びとでにぎわう忍野八海ですが、喧噪を離れて静かにその神秘を味わいたいのであれば、比較的人の少ない早朝の時間帯に訪れるか、かつての信仰の面影をうかがわせる「出口池」まで少し足を延ばしてみるのもいいでしょう。
富士の湧き水を活かしたグルメが満喫できる周辺スポット
弥生庵

住所:山梨県南都留郡忍野村忍草107
アクセス:東富士五湖道路・山中湖I.C.から約5分
営業時間:夏季10時〜15時 冬季10時〜14時
定休日:不定休
駐車場:あり
URL:https://oshino-navi.com/archives/gallery/2022102101
忍野 八海とうふ
浅野食品

住所:山梨県南都留郡忍野村内野537-4
アクセス:中央自動車道・河口湖I.C.から車で約10分
営業時間:8時〜18時
定休日:無休
駐車場:あり
URL:https://www.hakkaidofu.com/
RECAMP 富士スピードウェイ
サーキットの横で焚き火に癒される
忍野八海で富士の水が持つ清らかさに触れたあとには、自然の宿を求めて駿東郡小山町の富士スピードウェイへと向かいます。1966年に開設された富士スピードウェイは、日本で2番目に長い歴史があるサーキットであり、モータースポーツの聖地となっています。そんな富士スピードウェイの中にあるのが、アウトドアリゾート施設「RECAMP 富士スピードウェイ」です。
このキャンプ場の最大の魅力は、なんといってもその特異なロケーションにあります。サーキットに面したキャンプサイトでは、サーキットの先にそびえる富士山を見たり、昼間はレーシングカーが疾走する音をBGMに過ごしたりすることができる、世界でも類を見ないユニークな体験の場なのです。





「FIA(国際自動車連盟)公認のグレード1サーキットの内側にキャンプ場があるのは、世界でもおそらくここだけです。昼間は、本サーキットならではの迫力あるエンジン音とともに、普段は間近で見ることのできないレーシングカーの走行を体感でき、夜は富士山麓ならではの静けさに包まれる――そんな非日常を味わえる、唯一無二の場所です」(RECAMP 富士スピードウェイ マネージャー・横山裕介氏)
横山氏が言うように、日が暮れるとこの場所はまったく違う表情を見せはじめます。あたりに街の明かりはなく、満点の星空の下で揺らめく焚き火を囲む。薪がはぜる音と虫の音だけを聞きながら、地元の食材を使ったバーベキュー、仲間や家族と語り合う時間を過ごすことができます。


また、RECAMP 富士スピードウェイでは、多様なニーズに応える宿泊施設が用意されています。本格的なキャンプが楽しめるテントサイトはもちろん、天候に左右されずに快適な時間を過ごせるガレージ付きのコテージ「キャンピングガレージハウス」、銀色に輝くアメリカンスタイルのヴィンテージトレーラー「エアストリーム」を改装したコテージなど、誰もが気軽にアウトドア体験を楽しめる環境が整っています。清潔なシャワーやトイレ施設が完備されている点も、キャンプ初心者や家族連れには嬉しいポイントでしょう。

「RECAMP 富士スピードウェイは、『富士モータースポーツフォレスト』構想のもと、この地をレースファンやクルマ好きだけでなく、これまでモータースポーツに興味がなかった方々にも楽しんでもらい、モビリティに触れる最初のきっかけとなる場所としてつくられました。実際に、2024年9月の開業以来、キャンプ好きからレースファンまで幅広い層に利用していただいています。珍しい環境を求めて訪れたキャンプ好きの方は、初めて目の前を走るレーシングカーを見て『迫力と音がすごい!』と感動されることが多いです」(横山氏)


レーシングドライバーの脇阪寿一氏はこの地を訪れ、ドイツでの「ニュルブルクリンク24時間レース(通称、ニュル24時間)」を引き合いに期待を寄せます。
「ニュル24時間には、サーキットの周りの森でみんながキャンプやバーベキューをするなど、グランピングとして楽しむ観客が数多くいます。1年間精一杯働いて貯めたお金をそこで使ってしまったり、ソファといった家財道具を持ち込んだりする人もいて、本当にお祭り感覚なんです。手ぶらで訪れることができるRECAMP 富士スピードウェイも、ほかでは味わえないお祭りの場として日本のレースやサーキットを盛り上げてくれるでしょう」(脇阪氏)

RECAMP 富士スピードウェイをはじめとする「富士モータースポーツフォレスト」では、レースファンだけでなく、多様な人びとが集い、交流し、それぞれの楽しみ方を見つけられる滞在型モビリティリゾートという理想を掲げ、体現しています。次の記事では、富士スピードウェイとともに、ラグジュアリーな体験を堪能できる富士スピードウェイホテルを訪れます。
紹介スポット
基本データ
忍野八海

住所:山梨県南都留郡忍野村忍草
アクセス:東富士五湖道路・山中湖I.C.から約10分
駐車場:あり(周辺の有料駐車場を利用 https://oshino-navi.com/832-2)
営業時間:自然景観のため営業時間はなし。※底抜池のみ平日10時~16時、土日9時~16時30分(榛の木林資料館内のため*臨時休業あり)
URL:https://oshino-navi.com/187-2
RECAMP 富士スピードウェイ

住所:静岡県駿東郡小山町中日向694 富士スピードウェイ内
アクセス:東名高速道路・足柄スマートI.C.より約15分
駐車場:あり
営業時間:<管理棟>受付・売店・レンタル
平日8時~18時/土曜・連休期間:8時~20時
年中無休
URL:https://www.recamp.co.jp/fujispeedway
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