過去を思い出し、未来を想像する。人生をより深く味わうための思考の旅へ全4回
松任谷正隆のエッセイ 連載Vol.3

「カコはミライの中にある」
一眼レフカメラの話
Illustration:Kenji Oguro
写真の話をしよう。写真というよりはカメラの話。今でこそ「映える」なんて言いながら誰もがスマホでせっせと撮影しているが、ちょっと前までは写真はこんなに身近ではなかった。スマホ以前・・・70年代あたりからのおよそ30年を写真暗黒時代、などと言うとオーバーだが、今と比べれば写真人口は圧倒的に少なかったはず。で、今回はそれ以前。僕の生まれた50年代あたりからの20年間ほどの話。ある意味、写真黄金時代と僕の脳みそは記憶している。
物心がついたときにはすでに我が家にはカメラがあった。薄っぺらい弁当箱のような形をしていて、蓋を開けると蛇腹とともに小さなレンズがせり出してくるというもの。ブローニーフィルムの12枚撮りだった。さすがに子どもだったからその価値もわからずに、オモチャのひとつとして乱暴に扱っていた記憶がある。たぶん写真を撮る、という意味もわからなかったのだろう。初めて自分に与えられたカメラはフジペット。誰にでも簡単に写せます、というようなコピーで、天気マークを合わせ、あとはレンズの左右にあるレバーを左、右、(あれ?右、左だったかも・・・)と押せば撮れるという、今思えば画期的な製品だった。
あれがたぶん小学校低学年の頃。やがて、遠足とかになるとなぜだか、誰もがカメラを持ってくるようになった。男の子たちの常で、かっこいいものを持ってきたやつが英雄である。主役は35ミリフィルムのカメラ。キヤノネットあたりを持っているやつが親分だった。ハーフサイズのオリンパスペンは幹部あたりだろうか。フジペットの僕はどうにも分が悪い。親に頼んで、ミノルタの二眼レフカメラを借りて対抗した。そのうち、見たこともないかっこいいカメラを遠足で見ることになる。カメラの上にピラミッドみたいなものが乗っている。なんだこれは・・・。それが初めて見る一眼レフカメラだった。
たぶん先生の一人が持ってきたのだろう。僕は一瞬で恋に落ちた。近くで見たい。できれば触りたい。でも、そんな大それたことなど先生に言えるはずもない。遠巻きにしながら僕の目はカメラに釘付けだ。ときおり聞こえるシャッター音は、今まで聞いたこともないような迫力のある乾いた音。目どころか耳まで釘付けである。勇気のある生徒が先生に触らせてくれるようにねだる。いいと言ったかどうだったかは忘れたが、写真を撮るときにカメラが瞬きをするんだ、という言葉が聞こえた。どういう意味だ?意味がわからない。僕はどんどん深みにはまっていく。寝ても覚めても、頭に浮かぶのは一眼レフカメラのことばかり。どうやって情報を手に入れたのか覚えていないが、一眼レフにはミラーが付いており、シャッターボタンを押した瞬間にミラーが跳ね上がり、次の瞬間舞台の幕のようなシャッターがパッと開き、フィルムを感光させ、そして閉じる、ということがわかった。なんとロマンチックなんだろう。僕が聞いた乾いたあの音はその一連の動作からくる音だったのである。
それから間もないうちに、再びそのカメラを見ることになる。僕の叔父が持っていたのだ。ついに触らせてもらった。レンズシャッター幕のカシャリというささやかな音しか知らない僕は、大きく重く、手に振動さえも伝えながらガッシャーンと瞬きするフォーカルプレーンシャッターに感動し、その臭いにまで感動したのだった。あんな気持ちになったのはあのときの一度きり。60年以上経った今の今まであんな気持ちになったことはない。もう一度触りたい。もう一度触りたい。こうして僕は小学校帰りにカメラ屋の前で何時間もたたずんでいる変な子どもに変身した。
チャンスは数年後の正月に訪れた。あまりに触らせてくれと頼むものだから、とうとう叔父が売ってやってもいい、と言い出したのだ。1万円だという。お年玉と、お小遣いを節約し、翌年の正月には1万円を握りしめて叔父の元へと向かう・・・予定だったのだが、叔父が姉である僕の母親に通報したらしく、母親からそんな贅沢は許さない、と当日の朝言われたのだった。ああ、何たる無情。何たる不条理。こうして僕の夢はいったん泡と消えたように思えた。が、僕の中の悪魔はこう囁いたのである。それなら黙って買えばいい・・・。祖父が管理している神田の土地代が毎月現金書留で送られてくるじゃないか・・・。そう、なぜか現金書留には金額が書かれており、それが新品の一眼レフが買える値段だと知っていたのだ。それに、叔父は過去に祖父のお金をくすねてカメラを買ったことがある、という話を叔父本人から聞いたことがある。ならやるしかない。熟考を重ねること数カ月、ついに僕は実行することになる。ああ、神様・・・。
毎日のようにカメラウォッチをしていたカメラ屋に足を踏み入れると、スタッフが怪訝な顔で僕を見た。毎日ショーウインドーの前に何時間もいる変な小僧がついに店に足を踏み入れたんだから当然だ。僕は3万5千円を差し出し、このカメラをください、と声を震わせながら言う。その先のことは実はあまり覚えていない。命より大事なものを僕は抱えて戻ると、机の引き出しの奥にそそくさとしまったのだけは覚えている。
数日後、家の中で騒動は始まった。来ているはずの現金書留が来ていないと祖父が騒ぎ始めたのだ。このとき、僕は初めて犯罪者の気持ちがわかった。痛い、とも違う、苦しい、とも違う、後ろめたい、ともやっぱり違う。なんともやるせない気持ちでいっぱいになった。現金書留の封筒は切り刻んでトイレに捨てたから完全犯罪だ、と思っていたのだが、それは思わぬところからバレた。どうしても写真が撮りたくなって、あるテニスコートで撮っていたとき、オヤジの同僚に見られたのだった。僕はオヤジにこっぴどく怒られ、カメラは没収。祖父には土下座をした。
道具というものがピカピカに輝いていた時代。今思い出してもいろいろな意味で切なくなる。僕にとってカメラが、そして写真が特別なものだった時代だ。
一眼レフに魅せられた少年時代のちょっとほろ苦い記憶。
次回は未来へ。大人の視点でカメラの話をしてみたい。
まつとうや・まさたか
◎音楽プロデューサー/エッセイスト。音楽制作にとどまらず、車・ファッションに関する造詣も深く、ライフスタイル系の発信も豊富。


