Harmony 2018年7/8月号
日本ドライブ紀行 千葉県房総半島

愛犬と房総
スロードライブ

文・𠮷原 徹 写真・小松士郎

房総半島は、のんびりドライブが楽しい。車窓には、雄大な太平洋や山々ののびやかな風景。ときおり現れる色鮮やかな花畑やヤシの並木道が、いっそうリゾート気分を高めてくれる。昨今はペットフレンドリーな施設も増えはじめ、愛犬連れの旅先としても人気だ。週末は気候爽やかな房総で、ペットも飼い主もストレスフリーのひとときを——。

スリル満点、鋸山で「地獄のぞき」

旅の始めは聖なる山歩きから

本文を読む

木々の合間から射し込む朝日が、苔むした石畳にやわらかな光を届けていた。夜露を纏った草花はつややかに輝き、頭上では鳥の歌声が響く。凛とした山の空気を深く吸い込むと、ついさっきまでビル群に囲まれていたことが夢だったかのように思えてくる。慌ただしい日常を離れ、ゆるやかな旅の時間へ。心と体が軽くなってゆく感覚に、思わず頬がゆるむ。

旅の始まりに訪れたのは、房総半島南部に位置する鋸山だった。標高約330メートルのこの山は、江戸時代から金谷石の産地として知られた場所。採石によって剥き出しになった岩壁と険しい稜線が鋸の歯のように見えることから名付けられている。また、山域南側斜面が725年、行基によって開山された「鋸山 日本寺」の境内となっており、関東屈指の霊場としての顔も併せもつ。

約1300年もの歴史を有する山内を歩くと、いくつもの"祈りの場"が目の前に現れた。日本最大の磨崖(まがい)仏として知られる本尊薬師瑠璃光如来から岩窟に無数の仏像が並ぶ千五百羅漢道を経て、かつての石切場跡に刻まれた百尺観音へ。開山以来、厳しい風雨や幾多の戦火・山火事にさらされてきた境内には、近年になって修復・復興された場所も多く、さまざまな年代の"祈り"が積み重ねられているかのよう。そして、深い自然に包まれながらも綺麗に掃き清められた参道が、この地が今もなお聖域として大切に守られていることを物語っていた。

山歩きのハイライトが、山頂の展望台「地獄のぞき」だった。垂直に切り立った断崖から迫り出した展望台は、思わず足がすくむほどの高度感。しかし、ひとたび前を向けば、緑に輝く森と青い海が織りなす絶景が広がっていた。

房総半島は想像以上に広く、美しい——。この先に続くドライブへの期待が大きく膨らんだ瞬間だった。

鋸山 日本寺

「千五百羅漢」のひとつ。

鋸山 日本寺

源頼朝、足利尊氏ら将軍とも縁の深い関東最古の天皇勅願所。近代では夏目漱石、正岡子規も訪れ、その様子を記している。大仏に近い東口管理所と、地獄のぞき、百尺観音に近い西口管理所(有料道路)がある。大仏から地獄のぞきまでは徒歩で30〜40分。愛犬の同行可。

 
住所:千葉県安房郡鋸南町鋸山
電話:0470-55-1103
時間:8:00〜17:00(冬期は日没まで)
鋸山ロープウェー

海と山の迫力ある景色を味わうならロープウェーがおすすめ。約4分の、鋸山山頂までの爽快な空中散歩が楽しめる。山麓駅から東京湾フェリー・金谷港へは徒歩約12分。

鋸山ロープウェー

山麓から山頂までを約4分で結ぶ人気ロープウェー。山頂駅には食堂や売店、展望台があり、鋸山散策の休憩に最適。山頂駅から地獄のぞきまでは急峻な階段を上って約15分(地獄のぞきは日本寺内のため、拝観料が必要)。

住所:千葉県富津市金谷4052-1
電話:0439-69-2314
時間:9:00〜17:00
定休日:強風などの悪天候時
東京湾フェリー

フェリーには乗用車最大105台を積載。客室はゆったりとしたソファとテーブルが備わり、乗り心地も快適。ペットは小型犬ならケージに入れて客室に、大型犬はリードをつけてデッキに。

東京湾フェリー

運転に疲れたら、房総半島と三浦半島を結ぶカーフェリーで気分を変えてみるのも一興。心地よい潮風に吹かれ、船上から海山の風景を眺める爽快さは格別だ。もちろんペットも乗船OK。見どころは、水平線に沈む夕日を観賞する夕方クルーズ。忘れられない旅の思い出になることだろう。金谷港ー久里浜港(神奈川県横須賀市)間・片道約40分。

久里浜、金谷とも6:20始発で約1時間に1便、1日各12便運航。

電話:046-830-5622
カード: TS CUBIC CARD(Visa、MasterCard、JCB)

花と海を愛でるコーストドライブ

美しい海沿いを気ままに走る

本文を読む

鋸山を後にし、海沿いを南へ。ときおりクルマを停めては風景を眺め、出会った人びとと会話を交わした。なかでも印象的だったのが、愛犬を連れて横浜から来たご夫婦の言葉だ。「房総へは年に何回も来ています。この辺りはアクセスも便利だし、ペットと一緒に行けるレストランやリゾートも多い。それに、美しいビーチを散歩すると犬も喜びます。観光地化がそれほど進んでいないせいか、房総にはいい意味で"ゆるい"雰囲気がある。予定を詰め込まずに気ままな旅を楽しんでいます」

確かに房総には大きな観光地にはない不思議な"余白"があり、大らかな空気が満ちている。だからこそ、自由な旅をしたくなるのだろう。

鋸山から1時間ほどクルマを走らせると、視界の開けた美しいドライブウェイに辿りつく。館山市下町から南房総市和田町へと続く全長約46キロの「房総フラワーライン」と呼ばれる絶景ルートだ。

房総半島最西端に建つ洲埼灯台から、平砂浦(へいさうら)海岸を経て、半島最南端に位置する野島埼灯台へ。海岸線を縁取るように続く房総フラワーラインでのドライブは、フォトジェニックな風景との出合いの連続だった。なかでも息を呑んだのが、南房総市千倉町周辺に広がる花畑だ。大正時代から花の栽培が行われたこの一帯には、今も大小の花畑が点在。温暖な房総では12月に菜の花が咲きはじめ、春のポピー、夏のヒマワリ、秋のコスモスなど、四季の花々が風景を彩っている。

海と道と花々。その美しいコントラストを間近に眺めたくて、クルマの窓を開け放つ。すると、たちまち潮騒の音色と花の香りに包まれた。初夏の日射しが海原にきらきらと乱反射し、遠くのビーチには波待ちのサーファーや愛犬を散歩させる人びとが見える。自由で心地よいスロードライブを、このまま続けよう。

カーロ・フォレスタ館山ディアナ

ペット滞在に必要なアメニティも備わる人気のゲストルーム。

カーロ・フォレスタ館山ディアナ

房総フラワーライン沿いに位置し、芝とウッドチップの広大なドッグラン、屋内コミュニティルーム、セルフトリミングルームなど、愛犬のための設備が充実。地場の食材を駆使した日本料理も評判で、これを楽しみに訪れるリピーターも多い。愛犬のためのコース料理が用意されているのも珍しい。館山のほか関東に14店舗を展開するカーロ・リゾートのひとつ。

住所:千葉県館山市浜田321-1
電話:0470-29-1488
チェックイン:15:00
チェックアウト:10:00
駐車場:8台
カード:TS CUBIC CARD(Visa、MasterCard、JCB)

“イルカ人間”の記憶

海に魅せられた男たちが愛した場所へ

本文を読む

館山市の坂田海岸は、この旅でどうしても訪れておきたい行き先のひとつだった。ここは1988年公開の映画『グラン・ブルー』で知られるフランス人フリーダイバーのジャック・マイヨールが、晩年に多くの時間を過ごした場所。人類で初めて素潜りで水深100メートルに到達し、「ホモ・デルフィナス(イルカ人間)」という独自の哲学を掲げながら自然との調和を追求したジャックが愛した風景を、この目で確かめてみたかったのだ。

「ジャック・マイヨールは常に自由で、子どものような心を持った人。いつもふらりと館山を訪れては、気ままに過ごしていました。長い時には1年のうち9カ月ほど滞在したので、海へ山へと多くの場所で遊びました。この辺りには、本当にたくさんの思い出がありますね」

そう話すのは、ジャック・マイヨールと30年以上にわたり親交を深めた成田均さん。1985年に坂田海岸近くに「シークロップダイビングスクール」を創設した成田さんは、日本代表としてブルーオリンピック(水中競技世界選手権大会)に出場した生粋のダイバー。ジャックを館山に招いた人であり、房総の海を誰よりも知る人物だ。

「ジャックともずいぶん一緒に潜ったけれど、この辺りの海は非常に面白い。寒流と暖流がぶつかりあう海域には北の魚も南の魚もいて、実に生物多様性に富んでいるのです。また、房総は昔から漁師の発言力が強く、観光地として自然が消費されることが少なかった場所。海は、長い時間をかけて微妙なバランスで成り立っているものですから、人の手があまり入っていないことも、この海の魅力なのだと思います。人と自然の調和は、ジャックが常に伝えたかったメッセージです。その遺志を仲間とともに後世に引き継ぐことが僕の使命だと思っています」

平砂浦の波に“太古の海”を思う

ジャックが歩いた美しきロングビーチ

本文を読む

「シークロップ」を後にし、ジャックと成田さんがともに時を過ごした場所をめぐることにする。ダイビングスクールのすぐ近くにある坂田海岸は、遠浅の澄んだ水面を生き物たちが悠々と泳ぎ回る美しい場所。また、ふたりが何度も訪れたという「安房自然村」の里山は、ジャック・マイヨールの遺志を伝えるために自然環境の再生や保全などを行う「財団法人あわ」の活動の舞台となっていた。真っ青な空と海、そして里山が織りなす美しい風景。潮風に吹かれながらクルマを走らせていると、ふたりが愛した館山の自然が、次々と現れる。ひときわ印象的だったのが、房総フラワーライン沿いに純白の砂浜が約5キロにわたって続く平砂浦海岸だった。

「外洋に面した平砂浦はうねりが大きく、力強い波によって常に砂浜が洗われている。だから、人間が出したゴミなんかは浜に留まっていられないんです。あのビーチを歩くと『太古の海ってこんなだったろうなあ』って思います。ジャックと最後にビーチを歩いたのは、彼が70代、僕が50代の頃。『なんで爺さんとふたりで……』なんて考えていましたが、今思えば楽しかったですね」

懐かしそうにジャックとの時間を振り返る成田さんの言葉を思い出しながら平砂浦海岸を歩く。陽はまだ高く、寄せては返す波の奥に果てしない水平線が広がっていた。

ジャック・マイヨールが愛した海は、確かにここにある。

白浜オーシャンリゾート

全53室あるペットルームのひとつ、デラックスツイン オーシャンテラス付き。テラスから直接ドッグランやシーサイドガーデンに出られる。テラスには足洗い場も完備。

白浜オーシャンリゾート

白浜のシンボル、野島埼灯台の眼前に建つ全室オーシャンビューのリゾートホテル。温泉大浴場からも広大な太平洋を一望できる。ペットと宿泊できるペットルームは専用の出入り口を備えており、気兼ねなく愛犬と過ごすことができる。専任のわんちゃんバトラーが、愛犬のリラックス法やしつけなどさまざまな相談に乗ってくれるので、ペット連れ旅行初心者も心強い。

住所:千葉県南房総市白浜町白浜2784
電話:0470-38-2511
チェックイン:15:00
チェックアウト:10:00
駐車場:55台
カード:TS CUBIC CARD(Visa、MasterCard、JCB)

ドライブ旅の終わりに……

本文を読む

海沿いのレストランで遅めのランチを楽しんでから、ふたたび房総フラワーラインへ。道中では、さまざまな人びとと会話を交わすことができた。「定年退職後に館山に移住したんです。ここには東京のような利便性はないけれど、美しい自然と良い波と温かい人たちがいる。僕にとっては、ほかに必要なものなんてない。今は、とても満ち足りた生活を送っています」と教えてくれたのは、真っ黒に日焼けした顔でにこにこと笑う60代のサーファーだった。

太陽が西の空に傾く頃、館山湾に臨む北条海岸へと向かう。ヤシの木が立ち並ぶ海岸線に立つと、太陽がゆっくりと高度を落とし、風景を金色に染めていった。それは、静かで美しい旅の締めくくりだった。

房総には美しい自然があり、心地よいドライブルートがあり、ゆるやかな時間が流れている。気軽に足を延ばせる距離に、こんな素敵な場所があるのは、とても幸せなことだ。


アクセス
東京から鋸山まではアクアライン経由、富津館山道路鋸南保田I.C.より約10分。鋸山から房総フラワーライン始点の館山市下町周辺までは富津館山道路で約25㎞、約45分。カーロ・フォレスタ館山ディアナから平砂浦海岸沿いのホーストレッキングパーク館山までは約10㎞、約15分→白浜オーシャンリゾートまで約10㎞、約15分→千倉の花畑まで約13㎞、約20分。
Googleマップ


よしはら とおる◎1977年生まれ。ライター。2002年よりライター・編集者として雑誌、WEB、広告などの分野で活動。得意とする分野は国内外の旅とアウトドア。

こまつ しろう◎1968年生まれ。写真家。LCP在学中からロンドンを拠点にフリーランスとして活動。帰国後、広告、エディトリアル、アーティストのポートレートなどで幅広く活躍中。