著名デザイナーの遺作として甦った北の地酒「瀧乃誉」五十嵐威暢の遺作となった北海道 滝川市の地酒「瀧乃誉」

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日本を代表するデザイナー・彫刻家の故 五十嵐威暢。その遺作は、なんとお酒。81年ぶりに甦らせた地酒「瀧乃誉」には、祖父から受け継いだ故郷への想いと、数奇な運命の物語がありました。

Text:Shigesada Ohno(FINE STREAM)
Edit:Shigekazu Ohno(lefthands)

開拓者がつくった北の地酒

アイヌ語の「ソ・ラㇷ゚チ・ペッ」(滝が幾重にもかかる川)の意訳により名付けられた街、北海道 滝川市。札幌から北へ約80km、「空知(そらち)」と呼ばれる地域の中核都市であるこの街の歴史は、1890年、北方の警備と開拓のために、屯田兵440戸が入植したことから始まりました。翌年には、のちの特産物となるリンゴの栽培が開始。4年後には隣接する江部乙(1971年に滝川市と合併)に400戸が入植。発展への道をゆっくりと、しかし着実に歩んでいきます。

滝川屯田兵村士官巡視の景(北海道大学附属図書館蔵)。

そんな滝川に発展有望地として目を付けた、一人の若者がいました。名は五十嵐太郎吉。16歳のときに福井県足羽郡から親類を頼り北海道に渡ったあと、市来知(現在の三笠市)の鮮魚雑貨商で働いていたところ、群を抜く働きぶりで主人に気に入られて妻帯。将来を嘱望されたそうですが、奥地開発の機運が盛んになり、居ても立ってもいられなくなった太郎吉は、1898年、妻とともに徒手空拳で滝川に移住。鮮魚と乾物を扱う、ささやかな店を開きました。太郎吉は、当時まだ20歳。まさに開拓者精神に満ちあふれていたことでしょう。

五十嵐太郎吉。

当時の滝川周辺の様子は、国木田独歩の随筆『空知川の岸辺』にも描かれています。厳しい自然の中での開拓は、非常に過酷なものでした。

独立を果たした太郎吉は、誰もが目を見張るほどの商才を発揮し、業務を拡大。滝川の発展とも相まって、株式会社五十嵐商店は押しも押されもせぬおおだなとなりました。1923年頃からは、新たに五十嵐酒造を興し、酒造業も始めます。その酒の名が「瀧乃誉」。のちに、滝川の地酒として長く愛されることになる銘酒の誕生でした。

五十嵐酒造店「瀧乃誉」の広告。

滝川には、ほかにもいくつかの酒蔵がありましたが、どこも杜氏は1年ごとの雇用契約制。季節労働者のように、全国の蔵元を渡り歩く杜氏も少なくなかったようです。しかし第2次世界大戦の激化により、徴兵は杜氏にもおよび、ただでさえ数の少ない杜氏を蔵元が奪い合うような事態に陥っていました。

かくして1944年、五十嵐酒造店は地元の酒蔵数社とともに隣町の新十津川酒造(現・金滴酒造/新十津川町)に醸造権を譲渡。約21年間にわたり、滝川の銘酒として愛されてきた瀧乃誉は、その歴史に幕を降ろしました。

折しもその同じ年、まるで瀧乃誉と入れ替わったかのように、この世に生を受けたのが五十嵐威暢。のちにデザイナー・彫刻家として世界に名を馳せることとなる人物です。

五十嵐威暢(写真:伊藤留美子)。

太郎吉の孫として生まれた威暢は、小学校1年生のとき、両親から「欲しいものは自分でつくりなさい」と言われ、大工道具一式をもらいました。以来、その道具を使って刀や自動車、飛行機など、すべて自作するように。また、遊びの中でポスター、チラシ、ポストカードなども描きます。自分で取ってきた粘土を使って、友達とお面をつくって遊んだりもしました。のちに威暢がデザイナー・彫刻家の道を選んだのは、必然の成り行きだったのかもしれません。

威暢は瀧乃誉についてのエピソードも語っています。「子どもの頃、酒米の貯蔵庫であった石造りの蔵『太郎吉蔵』で、友人たちとの遊び道具としてよく使っていたのが『瀧乃誉』のラベルでした。印刷されたものが束で残っていて、それをお金代わりに使ったり、カードゲームみたいに使ったりもしたなあ。どんなデザインだったかは忘れたけれど、子ども心にキラキラした大切なものとして印象に残っています」。

販売当時の瀧乃誉のラベル。
左から母、兄、小学3年生の頃の威暢、父。

威暢の功績は広く知られているところではありますが、改めて紹介すると、1970年代にアクソノメトリック図法によるアルファベット作品で注目を集め、国内外の企業VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)計画やニューヨーク近代美術館の作品などを手がけています。VIの代表作には、サントリーホール、明治乳業、王子製紙、ノーリツ、多摩美術大学、JRタワー(札幌)、サミットストア、三井銀行、PARCO PART3、カルピス食品工業などがあります。

ステンレスのアルファベット B 1984。
MoMAのためのショッピングバッグ 1984/1992。

1980年代からはプロダクトデザインにも進出し、地場産業と連携した作品は欧米でも販売されました。

1994年に彫刻家へと転身したあとは、国内外の公共空間用に作品を制作。

東京ミッドタウンのオフィス棟ロビーに飾られた彫刻作品「予感の海へ」(写真:岩田えり)©2006。

代表作は世界30カ所以上の公立美術館に永久保存され、竹尾アーカイヴズには多くのグラフィックデザイン作品が収蔵されています。2023年、金沢工業大学内にオープンした五十嵐威暢アーカイブには、5,000点を超える作品や資料を寄贈。また作品集は、日本、中国、韓国、ドイツ、スイス、英国、米国で出版され、グラフィックとプロダクトのデザインおよび彫刻家としての卓越した功績によって、外務大臣表彰、勝見勝賞、毎日デザイン賞特別賞、IFデザイン賞、グッドデザイン賞、北海道文化賞など多数の賞を受賞しています。

誕生から100年。滝川の地酒、瀧乃誉が復活

ある日、滝川市の愛飲家たちの間で、ふとしたきっかけから「瀧乃誉」が話題に上がりました。滝川にも昔、地酒があったこと、「瀧乃誉」という名だったこと、滝川出身の有名人、五十嵐威暢の実家がつくっていたことなど。

ワイナリーはあるものの、日本酒での地酒がなかった滝川。それならば、ぜひ瀧乃誉を復活させようという方向に話が進みだし、「瀧乃誉復活プロジェクト」が立ち上がったのは2023年2月のこと。奇しくも、「瀧乃誉」誕生からちょうど100年経った年でした。

はじめはぼんやりとした夢物語でしたが、話は徐々に具体化。威暢は、お酒のラベルデザインに取り掛かりました。祖父のお酒を甦らせるためという情熱もあり、かんばしくはなかった体調を押して、多数のデザイン案を作成。プロジェクトメンバーが集まる会合では、ファイリングされたデザイン案を見ながら「これがいい」「いやこっちの方がよい」と、議論を戦わせたこともありました。

瀧乃誉のラベルデザインを制作中の五十嵐威暢。

何度かの会合やオンライン上でのやりとりを重ね、ついに2024年の5月、滝川で酒米「彗星」の田植えが、そして9月20日には収穫が実施されます。まずは、滝川の地酒復活にふさわしい、滝川産の酒米を確保することができたというわけです。収穫した酒米は、「金滴酒造」(新十津川町)にて醸造することに。

春、プロジェクトメンバーが集まっての田植えに参加する五十嵐威暢。
秋の稲刈りにも参加した。

そして迎えた2025年2月20日(木)、「瀧乃誉」がついに発売となりました。一度はこの世から姿を消した「瀧乃誉」の、81年ぶりの復活です。発売日には新聞の1面に大きく取り上げられた影響もあり、滝川市内の酒屋には開店前から多くの客が並び、初回納品分がほぼ1日で完売してしまうという想像を超える反響に。

滝川市内の酒屋に並べられた「瀧乃誉」。

完売後も予約注文が殺到。販売再開となった同3月7日以降は、市内の飲食店でも「瀧乃誉」を提供する店が増え、滝川の酒好きの間では「もう飲んだか?」という会話が飛び交うような状況に。復活プロジェクトメンバーは、誰もが大喜び――、となるはずだったのですが、その笑顔はどこか寂しげでした。

実は、発売まであとわずか8日に迫った2025年2月12日の朝、五十嵐威暢は静かに息を引き取りました。翌月に81歳となる直前でした。

以前から体調を崩して入院していた威暢は、入院後も毎日、さまざまなデザインや創作について思いを巡らせていたといいます。中でも、「瀧乃誉」については毎日のように気にかけていて、1月31日には病室に持ってきてもらった、まだ販売前の瀧乃誉を胸に抱き、本当に嬉しそうにしていたそうです。

祖父、太郎吉が北の新天地でこの世に生み出した「瀧乃誉」。戦争のためにやむなく販売中止、姿を消すことになった81年前、まるで入れ替わるかのようにこの世に生を受けた威暢。その後、数々の素晴らしいデザインや作品を生み出しつづけ、「瀧乃誉」を復活させたのを最後の仕事に、また入れ替わるかのようにこの世を去りました。威暢最後のデザインとなった「瀧乃誉」。もしも手にすることができたなら、「瀧乃誉」と五十嵐威暢の数奇な運命にも想いを馳せながら、そして偉大なデザイナー・彫刻家の最後のデザインであるこの酒のラベルを眺めながら、杯を静かに傾けていただきたいと思います。

稲刈り時、メディアを前にラベルデザインを発表。「瀧乃誉」のイメージサンプルを手に微笑む五十嵐威暢。

五十嵐威暢

1944年、北海道 滝川市生まれ。多摩美術大学を卒業後、カリフォルニア大学で芸術学の修士号を取得。1970年代からデザイナーとして国際的に活動し、多摩美術大学では初代デザイン科学科⾧を務め、のちに学⾧に就任(2011年~2015年)。1994年に彫刻家へ転身。新十津川町の「五十嵐威暢美術館かぜのび」を拠点に、国内外でパブリックアートとして飾られる作品を数多く制作。デザイナーとして、アーティストとして長年創作を続けるかたわら、次世代の教育にも情熱を傾けた。2020年、北海道文化賞受賞。2025年2月12日逝去。

「瀧乃誉」について

・商品名:「瀧乃誉」純米吟醸
・アルコール度数:15度
・精米歩合:55%
・原材料:米(北海道産)、米麹(北海道産米)
・使用米:滝川市産酒醸好適米「彗星」100%
・ピンネシリ山系を源とする伏流水仕込み
・製造者:金滴酒造株式会社(北海道樺戸郡新十津川町字中央71-7)
・内容量:720ml
・価格:2,500円(税込み)
・限定数:2,400本
・ラベルデザイン:五十嵐威暢
・販売 :岡部商店(滝川市)、酒倶楽部かねよし(滝川市)、地酒屋小林酒店(滝川市)、ビックリッキー滝川店(滝川市)
・飲食店での提供:レストラン イル・チエロ(ホテル三浦華園1階/滝川市)ほか
・インターネットでの販売:https://sakeclub.base.shop/(酒俱楽部かねよしネットショップ)
・発売日:2025年2月20日(木)
・端麗、辛口。すっきりとしたのど越しでほのかにフルーティーな香りも。どんな食事にも合うので食中酒としておすすめ。

「瀧乃誉」SNS
・Instagram:https://www.instagram.com/takinohomare_official
・Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=61572867694669
・Threads:https://www.threads.net/@takinohomare_official

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