Traditional learning「ニッポンの学び」
コロナ禍で思いがけず自分と向き合う時間が増え、何か新しいことを始めたり、始めようと思ったりしている方も多いことでしょう。こんな時だからこそ、心を落ち着かせ、日本人特有の豊かさに触れられる、和の学びに目を向けてみませんか? 本特集では、華道、香道、茶道のスペシャリストにその道の魅力や楽しみ方、お稽古を始めるにあたっての心構えなどをうかがいました。
〈華道〉センスではなく「理論」
ハサミを入れる瞬間に生け手のすべてが現れる
Profile
芦田一寿 /
ICHIJU ASHIDA
1967年、京都府生まれ。遠州(旧正風遠州流)七世宗家の長男として幼少より花に親しむ。武蔵野美術大学空間演出デザイン科を卒業後、アメリカ留学。シカゴ、ニューヨークなどで勉強後、帰国して本格的ないけばな活動を開始。平成5年に華道遠州宗家に就任。
http://kadouenshu.com
華道は、花そのものの美しさだけでなく、寒さ暑さの中で自生している植物の、懸命に生きている姿や佇まいを賞玩します。その命の不思議さや儚さを、人がどのように表現したかったのか、そこを感じ取り、味わうところに面白さがあるのです。型ばかりを追いかけて、同じ形の花を全員が同じように生けても、意味がありません。
花を生ける時にも、自分の苦手とするもの、得意なもの、あるいは好きな花材があるはず。それらを合わせた際に、どのように引き立て合うかを自分の中で「層」のように積み重ね、財産として高めていくのは本当に楽しいものです。私たちは趣味や仕事を通じて、「人とはなんなのか」を知りたくて生きているような気がします。
華道では「レッスン」とは言わずに「稽古」と呼びますが、それは先人たちが培った教えや花の「見立て」を、時間を超えて学んでいくからです。生ける前に、どの向きでどう配置するのか、必要な枝と落とすべき枝、どう形を整えて変形させるか…それをよくよく考えてからハサミを持つ。実は、いけばなの作品の良し悪しは、この「考える時間」が90%以上を占めると言われています。
「人と接してはいけない」と制限される今は、対面でのお稽古は難しい面もありますが、綺麗なもの、美しいものはインターネットやSNSに溢れている時代です。他の分野の心惹かれるものや自分が気に入るものを色々と見て、そして「なぜ好きなのか」を言語化して自分の腑に落とす訓練をするように、といつも生徒さんたちに伝えています。
華道の表現は、「センス」や「何となく」ではなく、いつも理屈があるからです。長い間、華道は曖昧さや、何となく、をかざして教える先生たちが多すぎました。そして花は季節のもので、一年に一回触れるかどうかという花材もあります。
どんな流派でもいいので、ぜひ長く続けられそうなお稽古場や、良い先生を見つけてください。良い先生とは、偉そうにしない人、穏やかでどんな人にも「受け入れる力」「共感性」のある先生。そして、どんな質問にも答えられる先生です。そしてお稽古を続ける上で、「なぜその花に惹かれたのか」「なぜこの先生がいいと思ったのか」という初心を大事に。「花を生けてみたい」と思ったその人の自分の心が一番の師匠なのですから。
〈香道〉古(いにしえ)に思いを馳せながら。
時間を忘れさせる優美な香りを”聞く”
Profile
三條西堯水/
GYOSUI SANJONISHI
1962年生まれ。御家流二十二世宗家三條西堯雲を父とする。少年時代から、父と祖父(二十一世宗家)堯山より香道の手ほどきを受ける。1985年、立教大学法学部卒業後、IT企業勤務を経て、1997年に父の逝去により二十三世を継承。弟子の指導のほか、2008年の大河ドラマ「篤姫」で香道を指導するなど、様々な形で香道の普及につとめる。
あまり耳なじみのない「香道」ですが、現在、主に行われている「組香(くみこう)」は、専門的な知識がなくてもゲーム感覚で楽しむことができる一種の遊びです。テーマとなる物語や和歌によって使用する香の数や種類が異なり、それらを参加者みんなで聞き当てる(※1)というもの。中り外れの面白さもありますが、色々な条件によって変化する香木の一瞬の香りを味わう、優美な時間が最大の魅力です。
さらに、「銘香」と呼ばれる過去の偉人たちが愛玩し銘を付けた香木と巡り会えた時、その興味は何倍にも膨らみます。例えば、織田信長が聞いたであろう香りと同じ香りを聞くことができるなんて、想像できますか? 香木は天然の産物であり、まったく同じ香木であっても天気や湿度等によって様々な香りを醸し出します。そんな香木との出会いは一期一会、まるで人と人の出会いにも似ています。
「香道」というからには、さらに深い楽しみ方も。香道で使用する香道具を鑑賞することも一興です。非常に貴重な香木を使用するための色々な道具は、美しい蒔絵の技法で繊細に作られており、まさに芸術品の極みといっても過言ではありません。あるいは、組香の主題となる和歌や歴史について深く知っていれば、香りを通して和歌作者の様子や気持ちまでをも疑似体験することができるのです。
香道を始めてみたいという方にアドバイスをするとすれば、今はインターネットで何でも調べることができますが、決して調べすぎないこと。「伽羅(きゃら)という香木は苦い」という情報だけをインプットしても、実際にはすべての香りを聞き終わっても「苦い」香木に出会えないこともあります。自分の鼻が悪いのか、あるいは香道の才能がないのか…なんてことは決してありません。
香りの特徴は、味に例えて「五味」という分類にヒントを得ますが、あくまでも昔からの言い伝えであり、現代の苦い香りとイコールではありません。お稽古を続けていくと、ある日、開眼したかのように香りの違いが判ってくるようになりますので、ぜひあきらめずに。
香道で使用する香木は現代ではとても貴重ですが、昔から「馬尾蚊足(ばびぶんそく)」(※2)と言い、非常に大切に使用されてきました。香道では、良いもの、貴重なものを大事に使うという日本人の美徳にも触れることができるのです。
※1:香道では、香りを嗅ぐと言わずに「聞く」と言う。
※2:馬の尻尾の毛や蚊の足のように細く小さい(香木を使って香りを楽しむ)という意味。
〈茶道〉「もの」や「こと」との距離が近くなる。
自分の好きを再発見して「目利き」に
Profile
木村宗慎/
SOSHIN KIMURA
茶人。1976年、愛媛県生まれ。神戸大学卒。少年期より裏千家茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都、東京で同会稽古場を主宰しつつ、茶の湯を軸に執筆活動や各種媒体、展覧会などの監修も手がける。また国内外のクリエイターとのコラボレートも多く、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。2017年からは、新しい茶の湯への入り口を提案する中川政七商店の茶道ブランド「茶論」のブランドディレクターに就任。(一財)現代美術文化振興財団理事。(一社)日本工芸産地協会顧問。
http://www.hoshinkai.jp/personal/
茶の湯を「美的趣味の総合大学」と評したのは、かの北大路魯山人。茶の湯のもてなしには様々な器物が付きもので、かつて茶道は「数寄(すき)」とも呼ばれていました。これは、取るに足らないものを寄せ集めてくる、という意味です。数寄=「好き」を集める、と言い換えても良いかもしれません。自分のお気に入りを選び、使う歓び。それを分かち合える誰かと出会う幸せに満ちた場が「茶室」なのです。茶道を学べば、身近なツールのセレクトも変わっていくはず。小さな道具が、生活の大きな潤いになるような、そんなヒントを手にすることができることは、茶道を学ぶ大きな喜びの一つだと思います。
また、日本人が長い時間をかけて培ってきた様々な美意識や価値観がそのもてなしの中に織り込まれており、茶の湯を学ぶことは、日本をよく知ることにもつながっていきます。現代に残された茶道具や稽古の型は“タイムカプセル”のようなもの。それらを楽しみ、学ぶことで、かつての先人が何を大切にしてきたのか、その息遣いに触れることができますし、日本の歴史や文学、文化との距離がぐっと近づきます。茶の湯を学べば“日本マスター”になることも可能です。
さらにもう一つの魅力は、今風に言い換えれば、コミュニケーションスキルを磨くことに通じていることです。客として招かれたのであれば、その場は客であることを全うして楽しむ。逆に、人を招いたのであれば、もてなしの限りを尽くして相手を楽しませることを自分の歓びとする。もてなし上手はもてなされ上手ということですね。
これから茶道を始めるのであれば、お手軽、簡単、便利に、といったわがままを少しだけ我慢してください。何かと忙しい現代人ですが、あえて時間を割くことで生じる余白を大切にしてほしい。新しい視点や、思いもよらぬ自分と出会うことでしょう。
そして、少しだけ背伸びをして好みの器を探し、季節のうつろいをおもい、 “茶会”をひらく。誰かをもてなすとなると、ぐっと真剣味が増しますが、まずは自分自身から。お茶の時間に少しだけ改まって、時候の菓子を用意し、お気に入りの茶碗を用意して一服するのも味わい深いもの。ぜひ自分で自分をもてなすつもりで挑戦してみてください。
茶の湯そのものは、それほど堅苦しいものではありません。きちんと学ぶことで、むしろ自由に柔軟に、機知をもたらしてくれるものです。心持ち改まって非日常の時間を作る。それが茶道のお稽古の醍醐味ではないでしょうか。
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