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Harmony 2019年11/12月号
開発者に聞く

APM
谷中壯弘
トヨタZEVファクトリー ZEV B&D Lab グループ長

文・小沢コージ 写真・政川慎治

トヨタが魅せる「新モビリティの原点」

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下東京2020大会)はトヨタにとって大きなチャレンジである。新モビリティやロボットで、自らの先端技術を世界に問うからだ。そのひとつが、会場敷地内での“足”となる「APM(アクセシブル・ピープル・ムーバー)」。開発担当の谷中壯弘氏に、モビリティへの思いを聞いた。

“乗用車”と“モビリティ”の違い

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小沢:前々から東京2020大会は、トヨタにとってもひとつのビッグチャンスになり得ると思っていました。今まで出したくても出せなかった実験的なニューモビリティやロボットを世界に問う好機ですよね。

谷中:オリンピックに限って言えば、私が関わっているのは広大な会場内での“ラストワンマイル”、つまり短距離移動を提供する「APM」ですが、そのほか軽自動車未満の2人乗りの超小型EVや1人乗りの「TOYOTA i-ROAD」、さらに歩行領域EVなどの車両もシリーズで担当しています。なかでも「i-ROAD」はコンセプト開発から担当しています。

小沢:まさにトヨタ流ニューモビリティ開発のキーマンじゃないですか。実際「APM」の開発で難しかったのはどこですか。

谷中:トヨタがあまり作ったことがないタイプの車両だったことですかね(笑)。人が大勢乗れて、スピードはあまり出ず、なおかつ歩ける人はもちろん、車いすの方まで利用しやすいクルマ。こういう車両の乗降性やパッケージは頭で想像しているだけではわからず、現地現物主義というか、本当に使いやすいか、一つひとつ試しながら決め、ダメなものはやり直す、の繰り返しでしたね。エンジニアとしては非常に楽しい作業でしたが(笑)。

小沢:なるほど、これまでトヨタが乗用車で培ってきた知見が使えなかったと。ちなみにちょっと失礼な表現ですが、「APM」ってゴルフ場にある電動カートの拡大版にも見えちゃうんですよね。もしかして原理は同じですか?

谷中:僕はゴルフをしないのでよくわからないですし、比較して開発したわけじゃないのでなんとも……(笑)。ただ、ゴルフカートとの最大の違いは、後席に5人乗る場合と車いすで乗る場合を、ひとつの車両で実現しなければならない点です。

小沢:そうか、バリアフリーが大前提であり、さらに今までにないユニバーサルデザインのものを生み出す必要があったと。

谷中:そうです。まず、センターフロアがフラットでなければいけないし、乗りこんでから動く広いスペースも必要。そのためにスペース効率のよいリチウム電池を採用し、床下に収まる電池パックを作ることになりました。それらを考えるとおそらく今までのゴルフカートのパッケージでは難しかったかと。

小沢:航続距離は?

谷中:100キロです。最高時速は19キロで、長距離移送をするわけではないので、それくらいで十分です。

小沢:ところで実際にナンバーを付け、公道を走れると資料には書いてありましたが。

谷中:ええ、最高速度が時速19キロ以下ならああいうクルマが公道を走ってもいいんですよ。取得できるのは普通の5ナンバーで、オリンピックだからできた特別なルールではなく、以前から道路交通法でそう定められています。

小沢:つまり、通常のスピードで走るクルマと同じ衝突安全性能をもたなくてもいいし、シートベルトもドアもなくていい。

谷中:そうです。時速19キロって相当ゆっくりですからね。それでももちろん、周囲を確認するインテリジェントクリアランスソナーや誤発進抑制機能などは備えてあります。

小沢:ということは、実際に公道も走るんですか? 僕はてっきり競技場内など限られたエリアだけを走るんだと思っていました。

谷中:実際の運用に関しては組織委員会が決めるのでわかりませんが、いくつかの会場で使われる可能性もあるので、会場間移動のために公道を走ることも想定しています。

谷中壯弘

谷中壯弘(やなか あきひろ)

1993年トヨタ自動車入社。シャシー部品設計、走行制御システム開発を経て、新コンセプト車両企画や都市交通システムの調査・企画に従事。これを具現化する新コンセプトのモビリティ開発に2000年ごろから携わり、現在は「APM」「i-ROAD」の開発責任者。

特化することで生まれる新たなモビリティ

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小沢:今回はとりあえず大会のために約200台作られるということですが、今後この「APM」を商品化するとか、たとえば郊外の高齢者の移動に使う、ショッピングモールで使うなど、用途を広げる計画はないんですか。

谷中:かたい言いかたをしますと、そういった計画はございません(笑)。

小沢:えーっ、なんかもったいないような気がしますが。

谷中:もちろん「APM」がみなさまのお役に立つのであれば、もっと広く繋がっていきたいという思いはあります。ある意味、レガシィ(遺産)というんでしょうか。とにかく一度、東京2020大会のニーズに特化したクルマを作らせていただき、そのノウハウやソリューションが何らかの形で、この先の日本のモビリティに繋がったら非常に喜ばしいと考えております。

小沢:そうなんですよ。今回の「APM」のポイントって、ある種速度を限定するとか、エリアを限定することにより、今までの必要要件が省けて、全然違ったクルマが作れるということだと思うんです。特化することにより新たなモビリティが生まれるという。

谷中:それについては、僕らがこれまで開発してきたパーソナルモビリティがあります。スタートは2003年に発表した「PM」や、05年に開催された愛知万博で発表した「i-unit」です。「ひとりの人間が最小限のモノを身につけて移動する」がテーマで、あくまでもコンセプトカーであり、公道を走るためのものではなかったのですが、2年後には実証実験のための「i-REAL」を開発し、1年間、中部国際空港で実証実験もしました。

小沢:とはいえ、実車販売に繋げるのはかなり難しいんですね。

谷中:そうなんです。この手の新しいモビリティは、まず今あるインフラや法規に適合するものを作っていかないと、なかなか前に進んでいきにくい。そこで、最初は歩道と車道の両面を考えていたんですが、まずは車道を走ることに特化した製品を作ろうと。そうして生まれたのが「i-ROAD」で、すでにフランスのグルノーブルで実証実験もしました。

「誰でもいつでも自由に移動可能」を目指して

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小沢:だいぶ苦労されているみたいですが、03年の「PM」が最初ということは、もしや00年あたりからクルマじゃない新しいモビリティを作ろうとしていたんでしょうか?

谷中:私個人としてはそういう思いがありました。

小沢:一連の車両が五輪向けモビリティだというのはわりと後付けの理由で、もともと社内では、今までにないモビリティを作ろうという動きがあったと?

谷中:そうです。形として表れたのは00年以降で、トヨタが——というと少し違うかもしれませんが——私と私の仲間達はそういうものが将来必要になるだろうと確信し、会社に提案してきました。

小沢:かなり自発的な開発なんですね。

谷中:それは私達の世代だからかもしれませんが、確かに今の「より速く」「より遠く」「より快適に」のベクトルで進化するクルマは素晴らしいと思います。ただ、もっと違ったクルマ作り、つまりそんなに速くなく、そんなに遠くに行けず、そんなに快適でもないクルマもアリじゃないかと。最小のエネルギーとスペースで、自由に人が動けるということもやっておきたいなと。それがパーソナルモビリティの原点でした。

小沢:今でこそ高齢者対策とか地方の過疎化対策として語られがちですが、それ以前に「最低限の装備で自由に移動できる新しいモビリティ」という理想論があったと。

谷中:ええ。その結果、みなさんの生活がもっと活性化していくようなモビリティを作りたいと考えていました。

2人乗り超小型モビリティが2020年待望の商品化

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小沢:そういう意味では、オリンピックは確かにいいチャンスですね。なにかと絵に描いた餅になりがちな新テクノロジーを、実際に目の前でみなさんに体験してもらえる。

谷中:そうですね。非常に期待しています。

小沢:となると、超小型モビリティのデビューはいつごろに?

谷中:2人乗りの超小型モビリティは来年発売の予定です。こんなに新しい乗りものを、これほど早くお話しできることは、過去になかったかと思います。

小沢:おお、まさに!実際、この2人乗り超小型モビリティって軽自動車でも原付カーでもない、まったく新しいカテゴリーなんですよね?

谷中:そこは、まだ公式には発表されていないのですが、安全基準などについての議論がなされたことは私達にも伝わってきています。

小沢:なんだかんだで東京2020大会は、日本のモビリティが生まれ変わる大転換期にもなりそうですね。

谷中:ぜひ、そうなればいいなと思います。

小沢コージ

おざわ こーじ

バラエティ自動車ジャーナリスト。1966年神奈川県横浜市生まれ。「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書に『ドライブ上達読本』『クルマ界のすごい12人』など多数。TBSラジオ「週刊自動車批評 小沢コージのCARグルメ」出演中。