富士ドライブ旅Vol.02/神聖なる自然を巡る富士山麓ドライブ青木ヶ原樹海、白糸の滝、大淵笹場――自然と人の営みが紡ぐ富士山麓の景観美

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北口本宮冨士浅間神社で信仰の歴史に触れたあとは、富士山の自然が織りなす神秘的な景観を体感するドライブへと向かいます。青木ヶ原樹海の原生林から、富士の湧水が生んだ白糸の滝、そして人の営みと自然が調和した大淵笹場の茶畑へ。そこは理屈を超えて心に響く、もうひとつの富士山の姿でした。

Text:Michi Sugawara
Photo:Masahiro Miki
Edit:Akio Takashiro(pad inc.)

脇阪寿一氏

脇阪寿一氏からひとこと

日本を象徴する雄大な富士山の麓には、火山活動が生んだ神秘的な樹海や、清らかな雪解け水が流れ落ちる滝など、多様な自然が広がっています。サーキットの“動”の世界とは違う、樹海や滝が織りなす“静”の魅力。聖なる山の空気と自然の物語を、皆さんにもお届けします。



青木ヶ原樹海(富士河口湖町)
修験者たちも訪れた静寂の森

北口本宮冨士浅間神社をあとにし、次に向かうのは富士山の北西麓に広がる約30平方キロメートルにもおよぶ広大な原生林・青木ヶ原樹海です。この地を理解するには、まず富士山の噴火の歴史を知る必要があります。

西暦864年に起こった貞観の大噴火は、富士山の噴火史上、最大規模のものでした。このとき、大量の溶岩が流れ出し、当時この地にあった巨大な湖「せのうみ」を分断。現在の西湖、精進湖、そして本栖湖が形成されたと伝えられています。そして、その広大な溶岩流の上に、1100年以上の歳月をかけてゆっくりと生命が芽生えてできたのが青木ヶ原樹海です。樹海の溶岩には磁鉄鉱が含まれていて、方位磁石が効かなくなるなど、かつては「入ったら出られない」といったネガティブなイメージもありましたが、現在は遊歩道が整備され、その特異な自然環境を安全に体験することができます。

樹海散策の拠点となるのが、西湖の湖畔に位置する「西湖ネイチャーセンター」です。センター内の「クニマス展示館」や隣接する「西湖コウモリ穴」と合わせて、青木ヶ原樹海の成り立ちやそこに息づく動植物について学ぶことができます。さらに、知識豊富なガイドが付くネイチャーガイドツアーも実施しており、事前予約だけでなく定時であれば当日参加も可能です。西湖ネイチャーセンターを起点に、約1時間から3時間のコースが用意され、富士河口湖町公認のネイチャーガイドに付いて青木ヶ原樹海を回ります。

森へ足を踏み入れると、ネイチャーガイドはこう語ります。

「青木ヶ原樹海は、かつての富士山噴火による溶岩流の上に広がっています。この溶岩台地は水はけがよすぎるため、木々の根は地下に深く伸びることができず、地表を這うようにして横へ横へと広がっていくのです」

こうした独特の根の張り方こそ、樹海ならではの景観を形づくる要素のひとつです。実際に遊歩道を歩いてみると、むき出しの玄武岩の上に、ヒノキやツガなどの木々が複雑に根を絡ませながら、たくましく自生している様子が目に入ります。さらに地表は一面、苔に覆われており、その苔がスポンジのように雨水を蓄え、木々に水分を届けているのです。

国の天然記念物にも指定されている原生林・青木ヶ原樹海。
地面は玄武岩質の溶岩のため、多孔質で小さな穴がたくさん開いていることがわかります。
溶岩石の地面を覆う苔が雨水を蓄えることで、長い年月をかけて樹木が育っていきます。

ガイドツアーでは、ヒノキやツガ、ヒメシャラといった樹木の見分け方や、樹齢の数え方、あるいは「サルノコシカケ」のようなキノコの話、鹿の痕跡から動物たちの息吹を感じる方法など、専門家ならではの視点で森の歩き方を教えてくれます。例えば、不自然に曲がった「こしあぶら」の木があれば、それはかつて倒木の上に芽生え、太陽の光を求めて必死にからだを持ち上げた「倒木更新」の跡なのだと解説してくれます。

木々が密集し、昼でもなお暗い「陰樹の森」と日が差し込む明るい「陽樹の森」とが混在する青木ヶ原樹海。もうひとつの大きな特徴は、季節によってその表情が大きく変わらないことです。一般的な広葉樹の森であれば、夏は青々と、冬は葉を落として、その姿を大きく変えます。しかし、樹海を構成する樹木の多くは常緑樹のため、一年を通じて深い緑に覆われています。

また、溶岩洞窟の影響で、地中の温度は年間を通じて3℃前後に保たれているため、真夏でも涼しく、真冬もほかの森ほどは冷え込みません。この安定した環境が樹海ならではの独特な生態系を育んでいるとのことで、実際に散策中も樹海の中はひんやりとしていて、鳥や小動物だけでなく虫の姿もあまり見かけませんでした。この静けさも含め、どこか恐ろしい場所として語られがちな青木ヶ原樹海ですが、知識を得たうえで散策をすると、ここが富士山の火山活動が生み出したほかに類を見ない生態系を抱えた稀有な場であることがわかります。

また、歴史を紐解くと、かつて青木ヶ原樹海や周辺の溶岩洞穴は「富士講」と関連して修験者たちの修行の場、あるいは洞穴自体を信仰の対象としてきたとされています。夏でもなお涼しく暗く、静謐な森の中は精神を研ぎ澄まし、自らと向き合ううってつけの場だったのかもしれません。ここは単なる原生林ではなく、古くから人びとの祈りや畏敬の念を受け止めてきた神聖な場所でもあるのです。

白糸の滝(富士宮市)
富士山の湧水が絹糸のように落ちる絶景

青木ヶ原樹海をあとに、国道139号、あるいは県道71号を40分ほど南下して富士宮市へ。次に目指すのは、国の名勝および天然記念物に指定され、世界文化遺産「富士山」の構成資産でもある「白糸の滝」です。この滝は、富士山の雪解け水が水を通す上部の層と通さない下部の層の境から湧き出すことで生まれています。

幅150メートルにもおよぶ湾曲した絶壁の全面から、大小数百の滝が白い絹糸を垂らしたかのように流れ落ちる様が180度パノラマで眼前に広がる光景に思わず息を呑みます。その豪快ながらも優美な姿は古くから多くの人びとを魅了し、鎌倉幕府を開いた源頼朝も大規模な狩猟である「富士の巻狩り」でこの地を訪れた際に、こんな和歌を詠んだとされています。

「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」

「おだまき」とは紡いだ麻糸を巻いた糸玉のことで、「滝の上ではどのような姫君が糸を紡いでいるのだろうか」とその美しさを讃えています。また、頼朝が滝の上にある岩窟の湧水で髪のほつれを整えたという伝説から、その湧水は今も「お鬢水(おびんみず)」と呼ばれています。

見渡す限りの壁面から絶えず流れ落ちる滝の姿に心奪われます。

白糸の滝と台地を挟んだ先では、芝川の水が高さ25メートルの絶壁から流れ落ちる「音止の滝」を間近に見ることもできます。

「音止(音無)の滝」という名は、日本三大仇討ちとされる「曾我兄弟の仇討ち」に由来します。頼朝の巻狩りで同地を訪れた武士・工藤祐経を父の仇とする曽我兄弟。二人はこの滝のそばで密談するも、あまりの轟音で互いの声がかき消されてしまいます。思わず「心無い滝だ」と呟くと、滝の音がぴたりと止み、兄弟は無事仇討ちを果たせたという伝承があるのです。

滝壺では、かつて富士講の信仰者たちが水垢離を行っていたといわれています。

そして、この地もまた富士講の信者たちにとって重要な意味を持つ場所でした。富士講の開祖とされる角行がこの滝で水行を行ったことから、以来、多くの信者が富士登拝の前に冷水で身を清める「水垢離(みずごり)」を行ったとされています。滝壺の近くには、富士講の中興の祖である「食行身禄(じきぎょうみろく)」の功績を称える石碑も残されており、富士講がどれだけ富士の裾野(あるいは関東全土)で信仰されていたのかがうかがえます。

優美な「白糸の滝」と勇壮な「音止の滝」による絶え間ない滝の音は、日々の喧噪と違う自然のさざめきとしてからだに響いてきます。

ちょっと足を伸ばして、富士宮のB級グルメ

白糸ノ滝から国道139号を20〜30分ほどクルマで走ると静岡県富士宮市内の中心地に到着します。市を代表するB級グルメといえば「富士宮やきそば」。ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」で2度もゴールドグランプリに輝いた名物で、ドライブ旅ならぜひ立ち寄りたい一品です。特徴は、「富士宮市内で製造されたコシの強い麺」「油かす(肉かす)」、そして「仕上げにイワシの削り粉」という3つのこだわり。シンプルながらも奥深い味わいが楽しめます。

そんなご当地グルメを富士山麓の美味しい食材にこだわってさらに進化させたのが、「FUJIBOKU」。味の決め手となる油かす(肉かす)とラードに、自社生産のブランド豚「ルイビ豚」の背脂を贅沢に使用することで、甘くてコクがありながらもさっぱりとした脂が口いっぱいに広がります。

富士宮やきそば×ルイビ豚 1,200円(税込み)〜(肉の部位によって値段が異なります)。

大淵笹場(富士市)
富士の美を描く「生きた絵画」

富士宮市からさらに南へ、県道72号を進み、富士市の茶園「大淵笹場」へと向かいます。ここは近年、雄大な富士山を背景に美しい緑の茶畑が広がる景勝地として名を馳せ、「まるで浮世絵のようだ」と多くの写真家や画家を魅了してきました。

晴れた日の富士山と茶畑のコントラストは特に美しい。

「この茶畑は昭和の時代から続くものですが、後継者不足から10年ほど前には管理が行き届かず、荒廃し始めていました。そんな中、この地を撮影した作品を富士山の写真家・岡田紅陽氏が発表したことで、『富士山と茶畑』という美しい構図が話題となり、この地の景観を守ろうと保存会が設立されました」

そう話すのは、「大淵二丁目笹場景観保存会」会長の藤田好廣氏。美しい景観の再発見を機に、「この風景を守りたい」という地元の有志が集まり、荒れた茶畑を共同で整備。この地を維持・管理していくため、8年ほど前に保存会が発足し、現在では県の「一社一村しずおか運動」を通じて伊藤園の協賛も受けるなど、活動の輪は広がっています。

「今ではここを訪れる方の8割は海外からの観光客です。SNSなどでこの景色を知って、わざわざ足を運んでくれていて、YouTuberや海外のメディア関係者が取材に来ることも少なくありません」(藤田氏)

特に、富士山に雪が積もる10月下旬の初冠雪以降の時期や茶畑がもっとも美しい緑色に輝く5月の新茶シーズンには、一日200人を超える人びとが訪れることもあるそうです。

「大淵二丁目笹場景観保存会」会長・藤田好廣氏。

大淵笹場では、美しい景観を眺めながら、この地で採れたお茶を味わう「茶の間」体験も楽しめます。予約をすれば、茶畑の中に設けられた3カ所のテラス席で、煎茶、紅茶、ほうじ茶の三種とお茶菓子をいただけます。

「茶道の家元のような堅苦しいものではなく、あくまで場所と物を提供して、プライベートな空間でゆっくりと過ごしてもらうのが目的です」と藤田氏が言うように、提供されるお茶は、保存会が管理する茶畑で収穫された茶葉を地元の製茶工場で製品化したもの。お茶菓子も近所の菓子店がつくる富士山の形をしたアイシングクッキーなど、地域とのつながりを大切にしています。お土産として一番人気なのは新茶ですが、海外からの観光客には抹茶も好評だそうです。

「茶の間体験」は120分貸切で、1名4,000円(税込み)。オプションで、茶娘衣装での撮影が可能な「茶娘プラン」も。

この息をのむような美しい景観は、決して自然に維持されているわけではありません。高品質な抹茶の生産では、日光を遮るために茶畑に「寒冷紗(かんれいしゃ)」と呼ばれる黒いシートを被せることがありますが、大淵笹場では行っていません。

「この辺りのお茶畑は、土壌や環境に大きな差はありません。だからこそ、景観を守ることを最優先に考えていますし、美しい景観を維持できているのは日々の手入れの賜物でもあるのです」(藤田氏)

茶畑の周りに咲くあやめなども、保存会の女性メンバーが「写真映えするように」と植えたもの。訪れる人びとに最高の景色を楽しんでもらいたいという、保存会の想いがこの「生きた絵画」を支えています。

次の記事では、富士山信仰の聖地、そして景勝地として世界が注目する「忍野八海」と、富士山麓の自然との一体感を味わえる「RECAMP 富士スピードウェイ」を訪れます。

紹介スポット
基本データ

西湖ネイチャーセンター(青木ヶ原樹海)

住所:山梨県南都留郡富士河口湖町西湖2068
アクセス:中央道・河口湖I.C.から約20分
駐車場:あり(無料)
営業時間:9時~17時(最終入洞16時)、12月〜2月は9時~16時30分(最終入館16時)毎週水曜、12月31日は休み
URL:https://fujisan.ne.jp/pages/363/

西湖ネイチャーセンターの近くには、溶岩がつくり出した天然記念物の洞窟「富岳風穴」(写真)と「鳴沢氷穴」もあります。
天然の冷凍庫である「鳴沢氷穴」は、一年中氷に覆われていて、富士山の火山活動が生んだ自然の造形美だ。

白糸ノ滝

住所:静岡県富士宮市上井出273-1(白糸ノ滝観光駐車場)
アクセス:新東名高速道路・新富士I.C.から約35分
駐車場:あり(有料)
営業時間:8時30分~16時30分
URL:https://www.city.fujinomiya.lg.jp/1025200000/p001794.html

FUJIBOKU

住所:静岡県富士宮市宮町4-22
駐車場:あり(専用駐車場5台)
ランチ:11時30分~15時(ラストオーダー14時50分)
ディナー:17時~22時(ラストオーダー21時)
※日曜は21時閉店
定休日:水曜日、第3火曜日
https://shop.fujiboku.jp/chef/restaurant/fujiboku-2-2/

大淵笹場

住所:静岡県富士市大淵1376-1
アクセス:新東名高速道路・新富士I.C.より約10分
駐車場:あり(無料)
売店営業時間:10時〜16時(季節により変動あり)
「茶の間」体験は要予約(詳細は大淵笹場公式WEBサイトを確認)
URL:https://sasaba-ohbuchi.com/


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