Local gastronomy愛車を駆って、新時代の美食旅へ
“ローカル・ガストロノミー”を体験
Text:Ryosuke Fujitani

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今、日本だけでなく世界でも次々とオープンしているのが、“ローカル・ガストロノミー”。名だたるシェフが地方の食材に惚れ込み、その地に移住して開業しながら、その土地の食文化や歴史、風土を宿した料理をクリエイトしています。パンデミック下、そしてアフターコロナのニュースタンダードなフードカルチャーになりつつあるその魅力を文化から紐解き、フーディーたちから熱視線を注がれるトップシェフのレストランを紹介します。

地方の風土と歴史、文化を凝縮したガストロノミー文化

ガストロノミーは、古代ギリシャ語の「ガストロス(消化器)」と「ノモス(学問)」を合わせた言葉が語源とされ、日本語に訳すと「美食学」の意。その言葉だけを聞くと「ただ美味しいものを食べる行為」と思われがちですが、そのベースには食べることに社会的・文化的価値を認め、食卓の洗練を追求する中で育まれたフランス特有の美食文化があります。一般的には、料理を中心に芸術や歴史、社会学など文化的要素を考える総合的な学問をさしますが、端的に、ひと皿ごとにその土地の風土や文化、歴史を凝縮した料理を提供するレストランの意味でも使われます。

ガストロノミーの聖地として世界的に知られているのはスペイン・バスク自治州のサン・セバスチャンです。スペイン北東部のビスケ湾に面し、フランス国境にも近いこの地は年間を通じて海の恵みと山の幸が豊富に獲れる食材の宝庫。そこには産業革命の時代から地元の男性たちが自由に料理を楽しむために集まる「美食倶楽部」の伝統が続いています。

料理を作って、食べて楽しむ美食倶楽部は現在も100以上存在しますが、1970年代に伝統技法にカジュアルさを取り入れた新しい料理法が若いシェフを中心に広まり、さらにレシピや技術をオープンソース化することで街全体の食レベルが底上げされ、星付きシェフを幾人も輩出する「世界一の美食の街」となりました。

海産物が豊富なサン・セバスチャンのコンチャ湾は美しいビーチとしても名高い。

そういった地方ならではの豊かな食文化を宿した料理というだけでなく、現代のガストロノミーには自然や資源に必要以上に負荷をかけず、動植物の生態に寄り添うように食材を生産する「より良い食べ方の追求」といった考え方も加わり、持続可能な社会を目指すSDGsの目標ともリンクすることから、世界中で注目を集めています。

美食家が注目する日本のローカル・ガストロノミー

日本で2017年に「ローカル・ガストロノミー」という言葉を生み出したのはライフスタイルマガジン『自遊人』。その定義とは「地域の風土や歴史、文化、さらに農林漁業の営みを料理に表現すること。地域の食を観光資源化することはもちろん、レストランや宿などの施設と、農林漁業、さらに加工業を連携させて、将来にわたって地域が経済力を維持できるような仕組みを作ること」。

国内では、日本有数の米の名産地である新潟県〜山形県庄内地方の食を育んだ歴史や伝統、暮らし、風土を伝える事業「日本海美食旅」や、食を通じて茨城県の県北地域の魅力を再発見する「茨城県北ガストロノミー」プロジェクトなど、行政も推進するローカルガストロノミーは、最新のフード・カルチャーのひとつといっても過言ではありません。

その中で、今、美食家から注目を集めているのが、2020年長野県松本市にプレオープンした宿「松本十帖」にある「三六七(三六五+二)」です。宿が位置するのは、風光明媚な北アルプスを望む松本市の「奥座敷」として名高い浅間温泉エリア。「松本十帖」は、前述の『自遊人』がノスタルジックな温泉街の老舗旅館をリノベーションし、敷地内に2のホテルとブックストア、ベーカリー、ハードサイダー醸造所などを展開しながら地域を活性化するプロジェクトとして誕生しました。

「松本十帖」のプロジェクトは浅間温泉のエリアリノベーションを目指してはじまった。

その中の薪火グリルレストラン「三六七(三六五+二)」は、ローカル・ガストロノミーがコンセプト。信州の風土を365日で表現するだけでなく、歴史と文化という+2のエッセンスをゲストに感じてもらいたいという思いと、長野県から日本海に注ぐ清流、千曲川・信濃川の総延長367kmから名付けられました。

世界一のレストランの系譜を受け継ぐシェフの表現

「ローカル・ガストロノミーは、地元の食材を使った伝統的な郷土料理をそのまま提供するのではなく、それを料理人それぞれの経験から生み出したエッセンスやプレゼンテーションでアレンジした料理が魅力。そこで再定義することで新しく生まれるクリエイションを楽しんで欲しい。昨年からのパンデミックで世界でも著名なシェフが地元に帰り、地方の魅力を再発見する流れが増えているので、その価値観は今後さらに広がっていくと思います」

そう話すのは、「三六七(三六五+二)」のグラン・シェフを務めるクリストファー・ホートン氏。シェフは「アンダーズ東京」で副料理長や、「世界のベスト・レストラン50」で4度世界一に輝いたデンマーク「noma(ノーマ)」の日本姉妹店「INUA」(閉店)の部門料理長として研鑽を積んだ後、『自遊人』が運営する新潟県南魚沼市の美食宿「里山十帖」の田植え、稲刈りイベントに参加し、ローカル・ガストロノミーのコンセプトに共感してグラン・シェフに就任したとか。

米ワシントンDC出身のシェフは料理が持つ「人を楽しませる力」に魅せられ、15歳からキャリアをスタートした。

「信州に来てから一人ひとりの生産者と会うこと自体が発見の連続で、日々手探りしながら食材や文化についての見識を深めています。たとえば山菜のシーズンに山に連れていってもらった時、その種類の豊富さにも驚きましたが、野山を分け入って採る大変さも体験し、一つひとつの食材を大切に使う意識が高まりました」

シェフは一人ひとりの生産者とコミュニケーションを楽しみながら仕入れている。画像提供:松本十帖

シェフが使用する食材は、八ヶ岳や北アルプスの源流から日本海までローカルの中で育まれた自然の恵み。豪華な食材は使用せず、切る、焼く、煮る、燻す、発酵、熟成といったシンプルな技法で素材の味を最大限に引き出し、過度に派手ではないプレゼンテーションや味わい、香り、食感を通して信州の情景を呼び起こすことを大切にしています。

「美味しいだけではなく、食材がどうやって育ち、生産されているか。その背景のストーリーも表現することで、ゲストに信州の食文化や歴史、暮らしが育む知恵を知ってもらいたいです」

ゆったりとしたダイニングはカウンターとテーブル席も。

そのコースの要となるのが薪火です。燃料は松本市で林業を営む生産者から分けてもらった薪を使用。スモークや香り付け用には山桜、地場野菜や肉をグリルするのはオークなど、用途によって分けているとか。そのライブ感あふれる調理は、薪火釜とオープンキッチンを囲んだ開放的なカウンターで、より間近に楽しめます。

滋味と驚きに満ちたコースの美食物語を堪能

それではある日のディナーコースを紹介しましょう。

「目次」の役割を担ったアミューズで幕があがる

まず供されたのは切り株に配されたチャーミングなアミューズ3種。

左から、「乳酸発酵のルバーブ」「蛸出汁」「トマトとチーズのブルスケッタ」。

「INUA」で磨かれた発酵のアプローチで仕立てた「乳酸発酵のルバーブ」は、素材本来の独特の香りと酸味にうまみが加わった漬物。ショットグラスの「蛸出汁」は滋味深く、中にはドライトマトを忍ばせ、「トマトとチーズのブルスケッタ」は爽やかな香りとクリスピーな食感が味わえます。このアミューズは、これから紡がれる美食の物語に登場する食材を少しずつ、異なるプレゼンテーションで演出した「目次」の役割を担っているとか。否が応でも期待感が高まります。

芳醇な大地の恵みを凝縮したfrom the farm

続いて届けられたのは「トマトと山椒」のスープ。紫蘇のオイルにハーブを加え、トマトの出汁、山椒と合わせた複雑な味わいが口中に広がります。あわせて供されたパンは「松本十帖」の「ALPS BAKERY」で焼いた自家製のもの。ローストした昆布を混ぜたオリジナルの昆布バターとともにいただきます。

左:「トマトと山椒」 右:自家製パンと昆布バター。

「人参のミルフィーユ」は、ひと口いただくと異なる食感と味覚のサプライズが。1時間ローストして中身をくりぬき、セージやタイム、ニンニク、ブラックペッパーを合わせてペースト状にした人参と重ねることで、同じ食材のポテンシャルを引き出しています。合わせたのは信州和牛で名高い「清水牧場」の上品なチーズ。

「人参のミルフィーユ」

「茄子のグリル ヨーグルトソース」は、ローストした茄子の皮目を薪火で仕上げ、スモーキーな香りをまとわせたもの。驚くほどジューシーで胡麻ペーストと合わせたヨーグルトソースがコクをプラス。from the farmと名付けられたこの3品は、信州の豊かな大地の恵みを感じさせてくれます。

「茄子のグリル ヨーグルトソース」

陸から大海へ美味のシーンが変わる

そこからシーンが変わり、登場したのが信濃川が注ぐ佐渡湾で獲れた「佐渡の蛸 どくだみ、かぼちゃの種」。フレッシュの蛸に圧力をかけてじっくり加熱し、休ませてから引き出した食感は、目をみはるほど張りがあり、噛むほどに蛸本来の味わいが広がります。香りと苦味がパクチーを思わせるどくだみと、かぼちゃの種を合わせたペーストがユニーク。

「佐渡の蛸 どくだみ、かぼちゃの種」

大自然で育ったブランド豚の薪火焼きで物語は最高潮に

美食の物語はいよいよクライマックスへ。信州池田陶芸家十勇士のひとつ、アツムイ窯がこのレストランのために焼いた器で供されたのが、主役の「安曇野放牧豚薪火焼き」です。安曇野放牧豚は、標高800mの山中で大自然に包まれながら、豚にとってのストレスを極力排除し、穀物や四季折々の地場野菜と果物で約200日かけて自由奔放に育てられたブランド豚。

上品な脂が堪能できるバラと絶妙な火入れ加減で野趣あふれる食感とうまみをひきだしたロースの2種類は、生のまま薪火の近くで香りをまとわせた後、しっかりグリルして仕上げたもの。添えられた唐辛子ペーストのほのかな辛みがアクセントとなり、異なる表情を見せてくれます。

「安曇野放牧豚薪火焼き」
メインディッシュとともに日替わりのご飯が。この日はマイタケやシメジの炊き込みご飯。

郷土文化を宿したデザートで閉幕

カーテンコールは2種のデザート。池田市名産のラベンダーと、江戸時代から地場産業として続く茅野市の天然角寒天を使用したフローラルな「ラベンダーの寒天」、そして組み合わせが斬新な「いちごとルバーブ ヨーグルトアイス」で幕を閉じました。

左:「ラベンダーの寒天」 右:「いちごとルバーブ ヨーグルトアイス」

いたずらに刺激を求めず、シェフが培ってきたイノベーティブ・フュージョンのアプローチで、食材そのものの魅力に多彩な組み合わせで驚きを加えた料理は、美味しさだけでなく心がやすらかになる楽しさにも満ちていました。

家族で楽しめるエデュケーション・レストランも併設

また「松本十帖」には、壁一面にプロジェクションマッピングが施されたインタラクティブスペースで、こどもがりんごや稲の生育を体感できるエデュケーション・レストラン「ALPS TABLE」も併設。こちらも「三六七(三六五+二)」同様、地場食材にこだわり、オーセンティックなイタリアンがファミリーで気軽に楽しめます。

「ALPS TABLE」はこどもが気兼ねなく遊べるのがうれしい。画像提供:松本十帖

未知の地方へと愛車を駆って、ニュースタンダードなフードカルチャーを味わう豊かな旅にでかけてはいかがでしょうか。

【取材協力】
松本十帖

長野県松本市浅間温泉3-15-17 (レセプション)
TEL:0570-001-810(12:00~17:00)
info@matsumotojujo.com
https://matsumotojujo.com/
車でのアクセス:
[中央道・長野道]下記のマップを参考に、梓川スマートインター(サービスエリア)から向かうのが便利。なお浅間温泉は町割りが古いため道が細く、すれ違いの難しい道が多く、下記マップのルート以外の道は細いのでご注意ください。
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1NrUITDxdm15k3uXouwHRrAHhcSfSZOPj&usp=sharing

[上信越道]東部湯の丸インターから約1時間10分。浅間温泉に近づいてきた際は上記のアクセスマップを参照。一般的なナビが案内する道は細く、すれ違いが困難なのでご注意ください。

駐車場所在地:松本市浅間温泉3-15-17
※レセプション&カフェ「おやきとコーヒー」横 (下記リンクの駐車場1。満車の際は駐車場2)。
https://bit.ly/3iQKm6Z

薪火ダイニング[三六七(三六五+二)]

ランチ&カフェ12:00~16:00(フードは~14:00)
ディナー17:30、19:45スタート2部制(要予約)

ランチでは「本日のタルティーヌ」や「3種のディップソースのフライドポテト」など気軽なメニューが楽しめる。14:00以降のティータイムはスコーンも提供。ディナーはコースのみ9,350円

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